上総ノ介
その時、甚助の胸の当たりで「ぶぶぶ」という奇妙な音が響いた。
「あ」と甚助は懐に手を入れ、印籠のような形状の道具を取り出した。
ぱちりと貝殻のように開くと、耳に押し当てる。
「はい、甚助でござる。はあ、はあ、殿が……承知!」
印籠を懐に収めると、甚助は立ち上がった。作事場に向け、大声を張り上げる。
「皆、聞けえーっ! 今より殿がお通りになられる! 道を空けろーっ!」
甚助の大音声に、傀儡や作業中の大工は慌ててその場を離れていく。
源二は呆気にとられていた。一体全体、何がおきた?
次の瞬間、さっと勢いよく建設中の城門が開かれ、そこから二輪車の爆音が響いた。
真っ黒な塗装の二輪車が飛び出した。二輪車には一人の若者が颯爽と跨っている。
片肌を脱ぎ、兜も被らず、髷は茶筅に結ってある。後から数名の徒歩の者が脛を飛ばせて走っていく。
若者は二輪車の梶棒を一杯に開いて、全速力で駆け抜けた。
「あれが、上総ノ介殿だ」
甚助の解説の言葉に、源二は驚いていた。まだ青二才ではないか。
徒歩の最後に、瓢箪を抱えた貧相な男が、せかせか駈けて行く。顔を真っ赤に染め、遙かに遠ざかって行く二輪車を追いかける。瓢箪には機能水が詰まっているのだろうか、ひどく重そうである。
「そして、あれが、おれの仕えている木本藤四郎越前ノ守さまだ。ああ見えて、上総ノ介様の信任が篤く、家臣の中で異例の出世をなしとげたお人だ。あの人の配下でいる限り、おれもいつかは城持ちになれると考えている……」




