珈琲
城の作事場がよく見える茶店に、甚助は源二を案内した。どうやら城の作事見物は、この辺りの住民の良い娯楽になっているようで、店は賑っていた。
「珈琲を頼む」
店の娘に甚助は横柄に命じた。赤い前掛けをした娘は「珈琲ひとーつ!」と独特の口調で奥へ声を掛ける。
程なく甚助の注文が運ばれてくる。
これが、珈琲か……。
噂では聞いていたが、見るのは初めてだった。
薄手の磁器の茶器の中で、薄墨のような真っ黒な液体が湯気を立てている。南蛮人が持ち込んできた色々な物の中に、珈琲も入っていた。
甚助は珈琲に、白い液体と砂糖を入れて、金属製の茶匙で掻き混ぜた。真っ黒な液体が、泥のような茶色に変わる。
「それはなんじゃ、豆乳かの?」
牛乳だ、と甚助は答えた。牛の乳なのだ、と説明する。それを聞いて、源二はうへっと首を竦めた。
耕運機の乳を飲むとは、とうてい信じられぬ! まさか、汽油脂のことか?
甚助は「いやいや、その〝うし〟ではない。生き物の〝牛〟なのだ」と言い足した。説明をされても、さっぱり源二には判らない。
甚助と源二は奇門遁甲を能くする御所の侍組の仲間であった。しかし、肝心の御所の内部で続く権力争いのため、組はばらばらに分裂し、嫌気をさした源二は信太従三位の誘いに乗る気になったのである。
甚助とは、あまり組んだことはなかった。それでも、ちょくちょく甚助の噂は耳にしていた。それも、良くない噂ばかりである。
曰く、おのれの腕前を鼻に掛け、他人に酷薄な性格である。曰く、欲が深く、狡賢い……。ともかく、朋輩にするには相応しくない、という最低に近い評価であった。
その、甚助が源二に声を掛けた。
何が狙いか、まるで判らぬが、うかうかと乗らぬことじゃ……。




