変化
廃寺に二人が住まうようになって幾月かが過ぎ去った。茹だるような夏は、冷んやりとした秋口の日々に席を譲った。
山の中に山菜を採りに行った帰り、源二は寺の庭に姫が座り込んでいるのを目にした。
姫の屈みこんでいる前には、一匹の獣がうずくまっている。小さな、猫ほどの大きさの生き物である。
しかし、すらりとした獣の姿は、猫ではない。白に近い茶褐色の毛並み、くりくりとよく動く目。鼻先は尖り、髭は忙しくぴくぴくと動いている。
管狐であった。
形は狐に似ていたが、ただ一点だけ狐と違うのは、耳の形状がひどく人間に似ているところだった。ピンと立った狐の耳ではなかった。
「そう……そんなことがあったの……」
姫は管狐に話し掛け、時折けらけら弾けるような笑い声を上げていた。管狐は姫になにか報告するように手足を激しく動かし、尻尾をぱたぱたと振っている。
背中に背負った山菜の籠を下ろしながら、源二は時姫に声を掛けた。
「〝くだ〟をお呼びになられたのか……」
源二の言葉に姫は顔を上げた。うん、とうなずいて立ち上がる。
そんな姫の顔を、源二は眩しく見つめた。
時姫はこの山寺で暮らし始めて、大きく変わりつつあった。
抜けるような白い肌はそのままだが、血色が良くなり、頬に赤みが差している。動作は機敏になり、よく笑うようになった。
日差しの中を歩き回るのが良かったのだ、と源二は満足げにそんな姫の変わり様を嬉しく思っていた。
「京の様子を聞かせて貰っていたのです。関白殿がお替りになられたとか……」
管狐は人間の言葉を理解する。しかしその言葉を聞くことができるのは【聞こえ】の力を持つ信太一族の者に限られていた。自分の用が済んだと判断したのか、管狐はぴょんと跳ねて、茂みに姿を隠してしまう。
管狐の後姿を見送り、源二は話しかけた。
「京が恋しゅうござるか?」
ううん、と姫は首を振った。
「京にいたころは、妾はずっと籠の鳥みたいなものでした」
籠の鳥……。そんなことを考えていたのか。源二は改めて、姫の変化を痛感していた。