怒り
「おぬし、わしらを尾けてまいったのか?」
源二は緊張した声を上げていた。いつでも刀を抜けるよう、右手は柄に漂わせている。
三郎太は、うっそりとした声で答えた。
「そんな面倒くさいことをするものか。あんたらに逃げるよう、忠告するため探していたんだ」
「逃げる? なぜじゃ!」
「この村の連中、あんたらを捕えようと、山狩りを始めるつもりだ」
源二は意外な三郎太の言葉に、呆気にとられた。
「わしらを捕える? わしらが何をしたというのじゃ?」
三郎太は笑い声を上げた。けけっ、というような甲高い笑い声である。
「源二さん、とか言ったな。あんた、水を求めるため、相手の言い値で金を払ったろう」
三郎太の言葉に、源二は憤然となった。金を請求した百姓たちの顔を思い出し、腹が煮えくり返るのを覚える。
「当たり前じゃ! やつら、どうしても金を払わないと井戸を使わせないと言い張るから……」
「それが仇になったな。あんたが気前よく金を払ったもので、金を持っている二人連れが通る、という噂が、ぱっと広まった。せめて、少しでも値切っておけばいいものを。それに、そのお姫様だ」
三郎太は時姫を見た。
「そこのお姫様、あまりに美しすぎる。そこらの悪所に売り飛ばせば、いい金になると考える奴らも出てきた」
なにいっ……! と、源二は怒りに我を忘れていた。手は勝手に動いて、刀を抜き放っている。
たたた……! と駆け出すのを三郎太が制した。
「待て、どうするつもりだ?」
源二は喚いた。
「知れたこと! わしのことは良い。したが、姫さまに対し、そのような悪企みを抱くとは、許せん! 成敗してくれるわ!」
三郎太は処置無し、と首を振った。
「あんたは、どうやら腕が立ちそうだ。村の者が束になったところで、とうてい敵うまい。しかし、噂になるぞ」
ぴた、と源二の動きが止まった。




