雪解け水
杉林を目指せ、と河童は言い捨てたが、山懐はかなり距離があった。
目の前に聳えている山塊は、つい目と鼻の先にありそうな錯覚があったが、実際は歩いても歩いても、いっかな近づく気配はない。
そのうち、荒れ果てた景色が徐々に緑が増えてくる。罅割れた大地が緑豊かな草原に変わり、畑にもちらほらと作物が豊かな実りを見せていた。
夕闇が迫る街道を歩く主従を、その畑で作業している百姓たちがじっと見守っている。
いずれも例外なく視線は険しく、言葉を掛けるのがためらうほどであった。杖を突きながら時姫は源二に尋ねた。
「どういうことでしょう。みな、妾たちを、まるで親の仇のような目で見ております」
「水のせいでござる」
源二は吐き捨てるように答えた。
「山が近いせいで、この辺りには雪解け水が流れ込んでおりまする。あの日照りの村からここへ、水を奪うための連中が押しかけるのでござるよ。でございまするから、あの連中は見慣れぬ余所者を警戒いたしておるのでござろう」
「妾が水を奪う余所者に見えるのですか?」
「というより、余所者すべてが敵と思っておるのでございましょう。この辺りの者どもは水一滴たりとも、他の土地の人間に分け与えるつもりはないようでござるな」
源二の言葉どおり、少なくなった水筒に水を補給しようと、これまで何軒かの家に井戸を使わせてもらいたいと交渉したのだが、ことごとく、けんもほろろな応対をされてきたのである。
ようやく金を払って水筒を満たすことができたが、信じられないような金額を請求してきた。
「ともかく、このような土地は、早く通りすぎることでござる。つまらぬ諍いに巻き込まれる可能性がありまするからな」
源二は足を速めた。




