対応
ぽつりと投げかけるように言うと、こちらの対応を待っている。
時姫が、口を開いた。
「妾は信太従三位の娘、時子と申します。また、これは従者の源二。以後、お見知りおきを願い申し上げまする」
丁寧に頭を下げる。
源二は時姫に囁いた。
「姫さま、このような奴輩に名を告げるなど……」
「向こうが名乗っているのです。こちらも名乗らないのは失礼でしょう?」
時姫は澄まして答える。
「それじゃ」と河童の三郎太は片手を挙げた。
「山中に入れば、あの杉林あたり──」
指さした。
「に、今は無住の廃寺があるだろう。荒れてはいるが、雨風は凌げよう。まあ、この日照りだ。当分、雨はなさそうだが」
ぶっきらぼうに言い捨てるなり、いきなり走り出した。
とととと……と、川床の斜面を駆け上り、あっと言う間に向こう側に姿を消した。
出し抜けのことに、二人は暫し、呆気に取られていた。
「なんとまあ……」
源二は今頃になって顔に汗が噴き出してくるのを感じていた。懐から手ぬぐいを出して拭うと首を振った。
「やはり物の怪は物の怪。人のようでいて、その心根は違ったようでござるな」
「悪い妖怪では、なさそうです」
姫の答に源二は、ぎょっとなった。
見ると時姫は河童の三郎太が去った方向を、面白そうな表情になって見つめている。そんな無邪気な時姫に呆れ、源二はことさらに厳しい表情を作って声を掛けた。
「姫さま。拙者、さきにも申し上げたように、きゃつらは妖怪、魑魅魍魎の類でござりますぞ。親しみを覚えて情けを掛けなさると、思わぬ失態をいたしましょう。以後、お気をつけあそばすよう忠告申し上げまする」
時姫は唇を尖らせた。不服そうである。が、それでも源二の忠告に答える。
「判りました。充分、注意いたしましょう」
歩き出した。
源二が立ち止まっているのに気付き、振り返った。
「何をしているのです? あの三郎太と申す者が教えてくれた廃寺に急ぎましょう」