三郎太
見開いた河童の目は、あまりに異様であった。
黒目ばかりで、白目の部分がほとんどない。人間離れした奇妙な瞳が、じっと時姫の顔を見つめている。
時姫と河童の視線が絡みあう。魅入られたように時姫は見つめ返していた。
思わず源二は前に出て、時姫の姿を隠すように立ちはだかった。
ゆっくりと河童は身を起こした。探るような視線を今度は源二の顔に当てている。
「礼を申す……」
ぼそりとつぶやく河童に、源二ははっと身構えた。右手は反射的に腰の太刀に伸びている。
「おぬし、喋れるのか」
ふっ、と河童の口が歪み、笑いの形を作った。
「当たり前だ。おれを何だと思っている」
「河童であろう! 姫さまがおぬしを憐れと思し召しになって水をくだされたのじゃ。じゃによって、決して仇をなすではないぞ」
「姫? その娘、姫と呼ばれる身分なのか!」
指摘に源二は口をつぐんだ。たちまち顔が火照るのを感じていた。
しまった! なんという失態!
流れるような動作で河童は立ち上がった。立ち上がると、存外と背は高い。源二とほぼ同じくらいはある。
源二の背中越しに、時姫がこわごわ半分、興味半分といった様子で覗き込んでいる。
そんな時姫をちらりと見て、河童は口を開いた。
「お前ら、追われていると言っていたな」
源二はうめき声を上げた。
「おぬし、聞いておったのか? 油断のならぬ奴!」
「身体は動かないが、耳はちゃんと聞こえていたよ。礼の替わりに、あんたらに良い隠れ家を教えてやる」
ふっと顔をそらし、山脈を見上げた。つられて源二も視線を動かす。
「あの山懐を見ろ。ここはこんな日照りに見舞われているが、あそこにはまだ緑がある。この辺りの百姓たちで、気の利いた連中はみな森に逃げ込んでしまっている。無理もない。こんな日照りでは、年貢を払えるわけもないからな。あんたらも、あそこを目指すが良いだろう。そのなりで百姓と称するのは、少し無理があるがな」
じろじろと河童は無遠慮な視線を二人に当てていた。むっとなって源二は言い返した。
「なぜ百姓であると言うのが無理じゃと申す?」
「着物が新しすぎる。そんな、継ぎの一つもない、立派な着物を身に着けた百姓が、おるわけないだろう?」
河童の目が細くなった。笑ったのか。源二には河童の表情がよく読めない。
源二は渋面になったが、言い返せない。河童の言葉は、まさにその通りだったからだ。
ひょろり、と河童は歩き出したが、何かを思い出したかのように振り返る。
「おれは、三郎太。河童淵の三郎太だ」




