夜襲
かすかな物音に、源二は目を見開いた。がばりと寝床から跳ね上がるように起き上がると、全身を耳にして闇に気配を探る。
取り囲まれている。
起き上がったときには、枕元の太刀を掴んでいる。そろりと足音を忍ばせ、下男小屋の蔀戸を押し上げた。
松明の火明かりが源二の顔をあかあかと照らし出した。屋敷の正門あたりに、無数の明かりが揺れている。
真っ黒な鞣し皮のような顔。半白の髪は源二の年令を表していたが、がっしりと臼のような逞しい顎と、着物から覗く肌は、脂びかりするくらい若々しい。源二はぎょろりと目を見開き、歯をむき出して唸った。
百……いや、もうちょっと多いか。この屋敷を取り囲むには、仰々しいほどの人数である。
ゆっくりと後じさりすると、源二は手早く支度を始めた。太刀を帯にねじこみ、革の半袴を身につける。ちょっと考え、鎖帷子を身につける。すべてが終わると、土間に下りて草鞋の紐をぎゅっと締め上げた。
かねて用意の笈を背負うと、音がしないよう注意して引き戸を開け、外へ出た。背中に担いだ笈にはまさかの時のために食料、金子などが詰められている。
見上げると、下男小屋の屋根越しに月が出ていた。月夜の夜襲とは、敵は戦というものを知らぬ……。いや、そんなことも気にせぬほど焦っているのか。
足早に中庭を突っ切り、母屋へ向かった。
屋敷内はこの夜襲を知らぬように静まりかえっている。もっとも、屋敷に住まうのは源二と、主人である時姫、それと使用人夫婦くらいのものだ。
夫婦は源二と同じように屋敷内の下男部屋に住んでいる。おそらく、この異変にも気付かず、高鼾をかいて眠り込んでいるに違いない。
源二は母屋の濡れ縁に膝まづくと、そっと声を掛ける。
「姫さま……時姫さま……。お目覚めでございましょうか?」
源二か……と女の声がして、からりと雨戸が開かれた。はっ、と源二は頭を下げる。
「夜襲でございます。すでに屋敷は東西南北、すべて敵の手により取り囲まれております。すぐに脱出せねば、姫さまが虜になるのは必定──」
そこまで言上して源二は顔を上げた。
あっ、と思わず声を上げてしまう。そこに、源二の主人である時姫が立っていた。




