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覚醒


顔を上げる。


一条煌の手はまだ私の肩に置かれてる。でも、彼の表情が変わった。


「お前の目……」


私の目がどうかした?


わからない。


ただわかるのは、体内で何かがうごめいてるってこと。


あの眠ってた死者たち。あの私に喰われた魂たち。あの混沌魔竜の力。あのずっと抑えてきた怨恨——


全部があふれ出た。


【ついに俺たちを受け入れたな。】


その声が聞こえた。


混沌魔竜だ。


【お前の怨恨は俺たちの怨恨だ。お前の怒りは俺たちの怒りだ。】


他の声も聞こえる。


【裏切られた恨み。】

【殺された恨み。】

【忘れられた恨み。】

【俺たちに力を貸させろ。】


私の目が変わった。


もう暗い金色の縦長の瞳孔じゃない。


完全な、純粋な、竜族の金色だ。


しかも、そこから涙が流れてる。


一条煌の手が私の肩から弾き飛ばされた。まるで熱いものに触れたみたいに。


彼は数歩後ろに下がる。その顔に初めて動揺が走る。


「お前……何をしてる?」


答えない。


ただうつむいて、ルシファーの顔を見る。


あの青白い、血の気のない顔。


身をかがめる。彼の額にそっと口づけを落とす。


「あんたは何度も私を守ってくれた。」


小さく言う。


「今度は私があんたを守る。」


立ち上がる。


振り返る。


一条煌と向き合う。


あの五人の勇者と向き合う。


あの天を覆う聖光と向き合う。


私の目はもう完全に竜の縦長の瞳孔になってる。暗い金色で、縦に裂けてて、その中で黒い炎が燃えてる。


手の甲の黒い紋様が全身に広がる。皮膚の上に複雑な模様を描き出す。背中から巨大な骨の翼が広がる——さっきまでの幻みたいなのじゃない。本物の、無数の死者の骨が集まってできた骨の翼だ。


天を覆い、日を遮る。


戦場全体が静まり返った。


みんな私を見てる。


「これは……」


一条煌の声に初めて不確かさが混じる。


「すみれ、お前……」


「黙れ。」


手を上げる。


一筋の黒い光が彼の横をかすめて、後ろの地面に巨大な穴を開けた。


「もう一言喋ったら、次はお前の顔面をブチ抜く!」


笑った。


その笑顔がどんなものか、自分でもわからない。


「一条煌。」


私の声が変わった。


もうさっきまでの普通の女子大生の声じゃない。無数の声の重なり——私の声、混沌魔竜の声、それにあの死者たちの声。


「お前、魔王を討伐するんだったな?」


両腕を広げる。背中の骨の翼が完全に開く。


「いいぜ。」


笑った。


笑いながら涙が流れる。


「よーく見てろ」


手を上げる。彼を指さす。


あの五人の勇者を指さす。


あの天を覆う聖光を指さす。


「本当の魔王ってやつを」


黒い炎が私の体からあふれ出る。天を衝く。


「今、目覚めたぞ!」


六、圧倒

その後の戦いはまったく別物だった。


一条煌の聖光が再び襲いかかる。金色の光が空の半分を照らす。


私は避けなかった。


手を伸ばす。その聖光を直接つかんだ。


聖光は私の手のひらでもがく。焼ける。でも、ちょっと温かいと感じるだけ。


「こ、こんなことがありえるのか!?」


一条煌の表情がついに完全に変わった。


「聖光はすべての闇の天敵だ!お前にそんなことができるはずが……」


「私が闇だけじゃないからだ。」


その聖光を握りつぶす。一歩一歩彼に近づく。


「私は混沌だ。」


手を上げる。黒い炎が凝り固まって、長剣の形になる。


「私は死だ。」


一振り。一条煌の身を守る聖光が真っ二つに割れる。


「私は……」


もう一振り。彼は慌てて後ろに下がる。頬に一筋、傷がついた。


「お前が自分の手で創り出した化け物だ。」


闇の勇者が再び現れた。ぬいぐるみが口を開けて、私に飛びかかろうとする。


振り返らない。


背中の骨の翼が勝手に動く。一本の骨の矢が飛び出して、ぬいぐるみを貫いた。


「うっ……」


闇の勇者は胸を押さえる。口の端から黒い血があふれ出る。


私を見る。その目に初めて恐怖が浮かんだ。


「あんた……何者なの……」


答えない。


ただ一条煌に歩み寄る。


光の勇者が救援に駆けつけようとした。でもサマエルとクラウディアに邪魔された。水の勇者はアスモデウスに足止めされてる。風の勇者はベルゼブブの変な食べ物の爆発でさんざんな目に遭ってる。土の勇者はベルフェゴールとまだにらみ合い。

誰も彼を助けられない。


あるのはただ私だけ。


そして彼だけ。


「すみれ……」


一条煌は後ずさる。彼の顔からさっきまでの哀れみ深い表情は完全に消えた。残ったのはただ恐怖だけ。


「話を聞け……私がやったことは全部お前のためだ……」


「私のため?」


足を止める。


「私を竜の生贄に捧げたのが私のため?」


「それはお前を生まれ変わらせるためだ!」


「世界中に私を追わせたのが私のため?」


「それはお前を強くさせるためだ!」


「私を浄化しようとするのが私のため?」


「それはお前を解放するためだ!」


彼を見る。


長い間見る。


で、笑った。


「一条煌。」


言った。


「『人のため』って何かわかってるか?」


彼は答えない。


「ルシファー。」


続ける。


「あの人は私を下水道から救い出して、『俺のモノになれ』って言った。最初は利用されてるだけかと思った。でもあの人は私に足輪をつけて、私の気配を隠してくれた。私に戦いを教えて、私を強くさせてくれた。いつも口では嫌だ嫌だって言いながら、ずっと私を守ってくれた。」


声が震える。


「さっきも私を守るために、お前の手先に襲われて、今あそこに倒れてる——生きてるか死んでるかわからない。」


手を上げる。剣先を彼に向ける。


「これが『人のため』ってことだ。」


「お前……」


「お前のは『自分のため』って言うんだ。」


戦いが始まった。


いや、戦いじゃない。虐殺だ。


かつて私が恐れてたあの勇者たちが、今私の前ではまるで紙でできた人形みたいだ。


水の勇者が何かを叫んだ。次の瞬間、巨大な水の塊が私を飲み込もうとした。

でもそれより先に、地面が割れた。無数の骨の手が彼女の足首を掴んでいた。

振り返ると、風の勇者の矢が背中を狙っていた。でも私の肌に触れた瞬間、矢は崩れ落ちた。

不思議と痛みはなかった。ただ少しだけくすぐったかった。

土の勇者が防御の壁を作った。私は拳を振るった。壁は砕けた。

光の勇者が聖光を放った。でもその光は、私の周りに漂う無数の影の前で、まるで蛍のように頼りなかった。

彼女たちの顔に初めて「恐怖」という文字が浮かんだのがわかった。


闇の勇者がまた不意打ちをしようとした。でも彼女の影が近づいたその瞬間、私の後ろの死者たちに捕まって、地の底に引きずり込まれた。


「いや——助けて——聖王様」


彼女の悲鳴が遠ざかる。最後には消えた。


一条煌はその場に立ってる。彼の顔の驚きが恐怖に変わる。恐怖が——


狂気に変わる。


「そうだ……それでいい……」


彼はつぶやく。


「それでいいんだ……完璧な……完璧な生贄が……」


彼の目が輝き出す。眩しいくらいに。


「最も汚れた魔王を、最も聖なる愛で浄化すれば、私は本当の神になれる!」


両腕を広げる。全身の聖光が爆発する。


その光は強すぎて、私も目を細めなきゃいけないくらい。


「来い、すみれ!私に浄化させろ!私たちは一体になるんだ!この世界の神に!」


彼が向かってくる。


私も向かって行く。


黒い死霊の力と、白い聖光がぶつかり合う。灰燼平原全体が震える。


空が裂けた。

大地が裂けた。

空気が燃えてる。


どれくらい戦ったかわからない。


一瞬だったかもしれない。一万年だったかもしれない。


最後に、私たちは同時に手を止めた。


彼は片膝をつく。聖光はかすんで、ほとんど見えない。


私は立ってる。でも背中の骨の翼はもうボロボロだ。死者の軍団もほとんど消えた。


相打ち。


「はっ……はは……」


彼は笑った。


「やっぱり……お前は完璧だ……」


顔を上げる。私を見る。


その目には狂気じみた愛が燃えてる。


「すみれ、知ってるか?初めてお前に会った時からわかってたんだ——お前は俺のものだって。」


「お前は俺の救いであり、生贄であり、神だ。」


「だから、お前がどんなに抵抗しようと、俺はお前を手に入れる。」


立ち上がる。


「今回はお前の勝ちだ。でも、次は……」


彼の後ろの空間が歪み始める。


「俺は戻ってくる。もっと強い力と、もっと純粋な聖光を携えて。」


私を見る。


「待ってろ、すみれ。また迎えに来る。」


空間の裂け目が開く。彼と残った勇者たちを飲み込んだ。


灰燼平原は静まり返った。


その場に立ったまま、彼らが消えた方角を見る。


で、足ががくんとなった。膝をつく。


骨の翼が消える。黒い紋様が消える。体が元に戻る。


すべての力が今、使い果たされた。


戦場は静かだ。


ただ傷ついた大地と、傷だらけの魔族たちだけが残されてる。


立ったまま、あの閉じていく裂け目を見る。


逃げた。


あいつは逃げた。


あんなに私を愛してるって言いながら、本当に私と向き合った時、逃げたんだ。


骨の翼をしまう。振り返ってルシファーのところに走る。


彼は相変わらず地面に横たわってる。動かない。


「ルシファー……」


隣にひざまずく。手が震えながら彼の顔に伸びる。


冷たい。


やっぱり冷たい。


「嫌だ……」


私の涙が彼の顔に落ちる。


「起きてよ……」


返事はない。


「あんた、私のこと自分のモノだって言ったじゃん……」


やっぱり返事はない。


「あんたのモノが、まだあんたが死ぬのを許してないんだよ……」


その時、手が持ち上がった。私の手に重なる。


「うるさいなあ……」


その声はかすれて、ほとんど聞こえない。


でも聞こえた。


呆然とする。


うつむく。彼が目を開けて私を見てる。


血のように赤い目に疲れが満ちてる。でもかすかな苦笑いが浮かんでる。


「まだ……死んでないぞ……」


彼のそばにひざまずいた。

体中が震えている。自分の血なのか彼の血なのか、もう区別がつかない。


「ルシファー……」


声が出たかどうかもわからない。


彼の手がかすかに動いた。

その指が私の指に触れた。


「……生きてる」


その声はかすれていて、ほとんど聞こえなかった。

でも確かに聞こえた。


彼の目がゆっくりと開く。

血のように赤いその目が、ぼんやりと私を映す。


「まだ……死んでないぞ……」

口元がわずかに歪む。笑おうとしたのかもしれない。


私は何も言えなかった。

涙が止まらなかった。


「泣くな……」

彼の手が私の頬に触れる。その手は冷たかった。

「まだ生きてるから、泣くな……」


私は首を振った。

そしてその手を両手で握った。


「ばか……」

やっと声が出た。でもひどく震えていた。


「ばか……ばか……」

何度も何度も繰り返す。

「死ぬかと思った……本当に死ぬかと思ったんだから……」


彼は何も言わなかった。

ただ私の手を握り返しただけだ。


その手はまだ冷たいままだった。

でも確かにそこにあった。


手を伸ばす。私の涙を拭う。


「泣くな……見苦しい……」


笑った。


笑いながら、また泣いた。


「バカ……」


「うん、バカだ。」


彼は私を抱き寄せる。

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