崩壊
彼は死んだのか?
いや、ありえない。
彼は魔王だ。最強の存在だ。そんな奴が死ぬはずがない。
でも動かない。
彼の胸は上下しない。彼の目は開かない。彼の手はだらりと垂れてる。
黒い血が彼の肩の傷口からあふれ出てる。彼の銀色の長い髪を染めてる。彼の黒い長袍を染めてる。私の手を染めてる。
自分の手を見る。
真っ黒な血で染まってる。
黒い、温かい、彼の血。
「感動的だな。」
一条煌の声が後ろからする。
「魔物が人間のために身を挺するとは。正直、ちょっと意外だった。」
振り返らない。
「でも関係ない。もうあいつは死んだ。次はお前の番だ。」
彼の足音がだんだん近づく。
「すみれ、怖がるな。すぐに終わる。一番優しい聖光でお前を浄化する。この怪物的な殻から解放してやる。で、お前の魂は私と一緒にいる。永遠に。」
そこにひざまずいたまま、動かない。
頭の中に無数の映像が走り抜ける。
屋上で彼が私に告白した。「僕のために死んでくれ?」
竜の口の中で、絶望の中もがいた私。
下水道で、闇の中から手が伸びて、私のあごをつかんだ。
「俺のモノになれ。」
訓練場で、彼が一本の指で私の攻撃を止めた。「弱すぎる。」
塔の上で、彼が私の頭を撫でた。「お前は俺の家族だ。」
風呂場で、彼が湯船に座ってた。耳が真っ赤だった。
あの夜、彼が私を抱きしめた。心臓が速く鳴ってた。
「お前の泣き顔があまりにもひどかったから。」
「目障りだった。」
「お前は俺のモノだ。助けるのは当たり前だ。」
ルシファー。
あの傲慢で捻くれてて、口が堅くて、すぐ顔が赤くなる魔王。
彼が私のために死んだ。
うつむく。額を彼の胸に当てる。
そこからはもう、心臓の音は聞こえない。
「すみれ、時間だ。」
一条煌の手が私の肩に置かれた。
「一緒に行こう。」
その時、私の体内の何かが壊れた。




