女公爵の日常
クラウディアはここに残った。
彼女が最初にしたことは、あの「聖光同盟脱退」の手紙を出すことだった。一日後には世界中が知ることになっただろう。彼女の大公国は魔王の庇護を受けること。彼女の国の国境には魔国の軍が駐留すること、って。
二番目にしたことは、部屋を探して住むこと。
三番目にしたことは、「護衛」としての責務を果たし始めること。
「すみれ様、おはようございます。」
目を覚ますと、彼女がベッドの脇に立ってた。
「どうやって入ってきた?」
「歩いて入ってきました。」
「鍵、かかってたはずだ!」
「外しました。」
彼女は服を差し出す。
「本日の訓練計画を立てました。午前中は体力トレーニング。昼は実戦形式のスパーリング。午後はパワーコントロール。夜は……」
「ちょっと待って待って。」遮る。「何の訓練計画?」
「あなたの訓練計画です。」当然のように言う。「あなたの護衛として、あなたが十分な自衛能力を持つようにするのは私の責任です。私の観察では、あなたの戦闘技術はまだ『本能で殴り合う』レベルです。系統だった訓練が必要です。」
「私、訓練なんて頼んでない……」
「ルシファー陛下が、あなたは強くならなければならない、とおっしゃってました。」
あの魔王め!
歯を食いしばって起きる。彼女について訓練に行く。
で、体験した。「鬼訓練」ってやつを。
体力トレーニング:城の周りを三十周走る。
「も、もう無理……」
「あと十周です。」
「本当に無理……」
「終わらなければ昼食は抜きです。」
歯を食いしばって走り続ける。
実戦形式のスパーリング:彼女と戦う。
「攻撃が遅すぎます。」
「はあ、はあ……」
「威力が足りません。」
「はあ、はあ……」
「防御は穴だらけです。」
「ちょっと……休ませて……」
「戦場で敵は休ませてくれません。」
やられ続ける。
パワーコントロール:竜の力で石を浮かせる。
「まずはあの小さい石から。」
拳ほどの石を浮かせる。
「では、そのまま浮かせながら、空中で三回回してみてください。」
一時間練習して、やっと成功した。
「よし。次です。」
バスケットボールほどの石に変わる。
泣きたくなった。
夜、ベッドに倒れ込む。動けない。
クラウディアはドアのところに立ってる。満足そうな表情。
「今日はよく頑張りました。明日も続けます。」
「明日も……やるの?」
「もちろんです。」
後悔した。
彼女を残すんじゃなかった。
でも、なぜかちょっと嬉しかった。
だって、誰かが私のために努力してくれてるから。
「聖王の使命」のためでも、「世界の正義」のためでもない。ただ純粋に、私を強くしたい、って思ってくれてるから。
この感じ、なかなか悪くない。
その夜、私は眠れなかった。
クラウディアの訓練で疲れすぎたからじゃない——もちろん疲れてはいるけど——ずっと心の中で、あることを考えてたからだ。
アイザックの言ったこと。
一条煌は入れ物。
生贄は聖王の力を目覚めさせるため。
彼は私を愛してるから、私を選んだ。
何度も何度も寝返りをうつ。考えれば考えるほど眠れなくなる。
最後に起き上がる。上着を羽織る。部屋を出る。
夜の城はとても静かだ。時々幽霊が通りかかって、私に会釈をするだけ。
当てもなく歩く。最後にたどり着いたのは塔の頂上だった。
あの、初めてルシファーと並んで夜景を見た場所。
ドアを開ける。誰かがもうそこにいるのがわかった。
ルシファーだ。
彼は手すりのところに立ってた。夜空を見てる。
ドアの音で振り返る。
「眠れないのか?」
「うん。」
「ルシファー。」
「ん?」
「あのさ、一条煌って……本当に私のこと愛してるのかな?」
彼はすぐには答えなかった。
長い時間が過ぎて、彼が言った。
「それが重要か?」
「え?」
「あの男が本当にお前を愛してるかどうか、それがそんなに重要なのか?」
「あの男はお前を生贄にした。」ルシファーが言う。「自分の手でお前を竜の口に放り込んだ。お前にすべての苦しみを味わわせた。あの男がお前を愛してようが愛してまいが、結果は同じだ。」
振り返る。私を見る。
「重要なのは、あの男がどう思うかじゃない。お前がどう思うかだ。」
私がどう思うか?
うつむく。長い間考える。
「私はあの男を恨んでる。」
言った。
「恨んでるに決まってる。あの男は私の人生をめちゃくちゃにした。私を化け物にした。私からすべてを奪った。」
「でも……」
顔を上げる。
「もしあの男がいなかったら、私はここに来なかった。」
「ベルゼブブにも会えなかった。アスモデウスにも会えなかった。あの幽霊たちにも会えなかった。クラウディアにも会えなかった。それに……」
彼を見る。
「あんたにも会えなかった。」
ルシファーは驚いた。
その血のように赤い目に、一瞬複雑な感情が走った。
で、彼は手を伸ばす。私を抱き寄せる。
「バカ。」
その声が頭上から聞こえる。
「そんなこと、簡単に言うな。」
「どうして?」
「だって……」
少し間を置く。
「お前を永遠に閉じ込めてしまいたくなるから。」
彼の胸に寄り添う。心臓の音が聞こえる。
どくん、どくん、どくん。
魔族にも心臓ってあるんだ?
「ルシファー。」
「ん?」
「あんたの心臓、すごく速いよ。」
クラウディアはここに残った。
彼女が最初にしたことは、あの「聖光同盟脱退」の手紙を出すことだった。一日後には世界中が知ることになっただろう。彼女の大公国は魔王の庇護を受けること。彼女の国の国境には魔国の軍が駐留すること、って。
二番目にしたことは、部屋を探して住むこと。
三番目にしたことは、「護衛」としての責務を果たし始めること。
「すみれ様、おはようございます。」
目を覚ますと、彼女がベッドの脇に立ってた。
「どうやって入ってきた?」
「歩いて入ってきました。」
「鍵、かかってたはずだ!」
「外しました。」
彼女は服を差し出す。
「本日の訓練計画を立てました。午前中は体力トレーニング。昼は実戦形式のスパーリング。午後はパワーコントロール。夜は……」
「ちょっと待って待って。」遮る。「何の訓練計画?」
「あなたの訓練計画です。」当然のように言う。「あなたの護衛として、あなたが十分な自衛能力を持つようにするのは私の責任です。私の観察では、あなたの戦闘技術はまだ『本能で殴り合う』レベルです。系統だった訓練が必要です。」
「私、訓練なんて頼んでない……」
「ルシファー陛下が、あなたは強くならなければならない、とおっしゃってました。」
あの魔王め!
歯を食いしばって起きる。彼女について訓練に行く。
で、体験した。「鬼訓練」ってやつを。
体力トレーニング:城の周りを三十周走る。
「も、もう無理……」
「あと十周です。」
「本当に無理……」
「終わらなければ昼食は抜きです。」
歯を食いしばって走り続ける。
実戦形式のスパーリング:彼女と戦う。
「攻撃が遅すぎます。」
「はあ、はあ……」
「威力が足りません。」
「はあ、はあ……」
「防御は穴だらけです。」
「ちょっと……休ませて……」
「戦場で敵は休ませてくれません。」
やられ続ける。
パワーコントロール:竜の力で石を浮かせる。
「まずはあの小さい石から。」
拳ほどの石を浮かせる。
「では、そのまま浮かせながら、空中で三回回してみてください。」
一時間練習して、やっと成功した。
「よし。次です。」
バスケットボールほどの石に変わる。
泣きたくなった。
夜、ベッドに倒れ込む。動けない。
クラウディアはドアのところに立ってる。満足そうな表情。
「今日はよく頑張りました。明日も続けます。」
「明日も……やるの?」
「もちろんです。」
後悔した。
彼女を残すんじゃなかった。
でも、なぜかちょっと嬉しかった。
だって、誰かが私のために努力してくれてるから。
「聖王の使命」のためでも、「世界の正義」のためでもない。ただ純粋に、私を強くしたい、って思ってくれてるから。
この感じ、なかなか悪くない。
その夜、私は眠れなかった。
クラウディアの訓練で疲れすぎたからじゃない——もちろん疲れてはいるけど——ずっと心の中で、あることを考えてたからだ。
アイザックの言ったこと。
一条煌は入れ物。
生贄は聖王の力を目覚めさせるため。
彼は私を愛してるから、私を選んだ。
何度も何度も寝返りをうつ。考えれば考えるほど眠れなくなる。
最後に起き上がる。上着を羽織る。部屋を出る。
夜の城はとても静かだ。時々幽霊が通りかかって、私に会釈をするだけ。
当てもなく歩く。最後にたどり着いたのは塔の頂上だった。
あの、初めてルシファーと並んで夜景を見た場所。
ドアを開ける。誰かがもうそこにいるのがわかった。
ルシファーだ。
彼は手すりのところに立ってた。夜空を見てる。
ドアの音で振り返る。
「眠れないのか?」
「うん。」
「ルシファー。」
「ん?」
「あのさ、一条煌って……本当に私のこと愛してるのかな?」
彼はすぐには答えなかった。
長い時間が過ぎて、彼が言った。
「それが重要か?」
「え?」
「あの男が本当にお前を愛してるかどうか、それがそんなに重要なのか?」
「あの男はお前を生贄にした。」ルシファーが言う。「自分の手でお前を竜の口に放り込んだ。お前にすべての苦しみを味わわせた。あの男がお前を愛してようが愛してまいが、結果は同じだ。」
振り返る。私を見る。
「重要なのは、あの男がどう思うかじゃない。お前がどう思うかだ。」
私がどう思うか?
うつむく。長い間考える。
「私はあの男を恨んでる。」
言った。
「恨んでるに決まってる。あの男は私の人生をめちゃくちゃにした。私を化け物にした。私からすべてを奪った。」
「でも……」
顔を上げる。
「もしあの男がいなかったら、私はここに来なかった。」
「ベルゼブブにも会えなかった。アスモデウスにも会えなかった。あの幽霊たちにも会えなかった。クラウディアにも会えなかった。それに……」
彼を見る。
「あんたにも会えなかった。」
ルシファーは驚いた。
その血のように赤い目に、一瞬複雑な感情が走った。
で、彼は手を伸ばす。私を抱き寄せる。
「バカ。」
その声が頭上から聞こえる。
「そんなこと、簡単に言うな。」
「どうして?」
「だって……」
少し間を置く。
「お前を永遠に閉じ込めてしまいたくなるから。」
彼の胸に寄り添う。心臓の音が聞こえる。
どくん、どくん、どくん。
魔族にも心臓ってあるんだ?
「ルシファー。」
「ん?」
「あんたの心臓、すごく速いよ。」
彼は何も言わなかった。ただ、しばらくして、ふっと小さく息を吐いただけだ。
それがため息なのか、それとも何かを諦めたようなかすかな笑いなのか、私にはわからなかった。
「心臓が動いてるってことは」
彼の声が頭上から降ってくる。
「まだちゃんと生きてるってことだ。」
その声は、いつものからかうような調子じゃなかった。ただ静かに、事実を確かめるような、そんな声音だった。
私は彼の胸に顔を押し付けたまま、何も言えなかった。
夜風が吹いている。塔の上は寒いはずなのに、彼の腕の中は温かかった。
「すみれ。」
彼が私の名前を呼んだ。
「お前さえいれば、それでいい。」
顔を上げる。彼の顔を見る。
月明かりの下で、その顔は信じられないくらい美しい。耳も、信じられないくらい赤い。
急に、あることを思い出した。
「そうだ、あの時、風呂場で……」
「言うな。」
「本当に、何も着てなかったの?」
「うるさい!」
彼は私の口を塞いだ。
うーうー言いながらもがく。彼は塞いだまま離さない。
最後に諦める。彼の胸に寄り添う。
「ルシファー。」
「ん?」
「ありがとう。」
「何に?」
「助けてくれて、ありがとう。」
「バカ。」
その声はとても小さかった。
「お前は俺のモノだ。助けるのは当たり前だ。」
笑った。
「うん、あんたのモノ。」
夜風が吹き続ける。
でも、もう寒くはなかった。




