表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/40

余波

丸一日寝た。


目を覚ました時、ベッドの周りに人だかりができてた。


ベルゼブブ、アスモデウス、ベルフェゴール、それに見たことのない魔族の幹部たちも何人か。みんな、今か今かと私を見てる。


「起きた起きた!」

「よかった!」

「びっくりしたぞ!」


頭が痛くなるほど騒がしい。


「あの……ちょっと声、小さくしてくんない?」


「ごめんごめん!」アスモデウスが口を押さえる。でも、目の端の涙は隠しきれてない。「あんたが無事で何よりだよ。帰ってきた時のあんたの姿、どれだけ怖かったかわかる?体中血だらけで、胸には矢がいっぱい刺さってて、私たち、もう……」


言いかけ、言葉が詰まる。


「大丈夫。」言った。「死なないから。」


「でも……」


「本当に、大丈夫。」


やっと彼らも少し安心したみたい。


ベルゼブブが、温かいスープを運んでくる。


「これ、飲め。千年幽霊の骨で煮込んだんだ。すごく滋養がつくぞ。」


茶碗を受け取る。一口飲む。


うん、やっぱりこの味。


「そうだ。」急に思い出した。「あの女公爵は、どうなった?」


「クラウディア?」アスモデウスの表情が、変な感じになる。「あの人は……」


「どうしたの?」


「引き上げたよ。」


「え?」


「昨日、残った部隊を連れて、人間界に戻ったんだ。」アスモデウスが言う。「しかも、あの人は敗北を報告しなかった。ただ、『任務完了。撤収する』って言っただけだ。」


「任務完了?」


「うん。変な言い方だろ。明らかに負けたのに、任務完了だなんて。それに、あの矢を射った兵士たちのことも追求しなかった——追求しないんじゃない。完全に触れなかったんだ。まるで、そんな人間は最初からいなかったみたいに。」


黙る。


あの女、何を考えてるんだ?


「もっと変なこともある。」アスモデウスが続ける。「引き上げる前に、誰かに手紙を託したらしい。」


懐から封筒を取り出す。私に差し出す。


封筒は上等な羊皮紙だ。封蝋には、ワシの形の印が押してある。


封筒を開ける。中の便箋を取り出す。


そこには、一行だけ書いてあった。


「覚えておく。お前も覚えておけ——命を救われた借りがある。」


署名は、クラウディア・フォン・アイゼンベルク。


その一行を見ながら、胸の中に変な感じが湧き上がる。


この女公爵、何を考えてるんだ?


「何て書いてあった?」ベルゼブブが顔を寄せる。


「別に。」手紙をしまう。「ただの、お礼。」


「お礼?あんたがあの女を助けたんだ。お礼くらい、当然だな。」


「うん。」


手紙を枕の下に押し込む。


「そうだ、ルシファーは?」


「陛下は謁見の間にいるよ。」アスモデウスが言う。「昨夜からずっと、幹部たちと会議をしてる。」


「会議?何の会議?」


「七耀聖杯の動向についてだ。」彼女の表情が険しくなる。「あんたが寝てる間に、向こうが動いたんだ。」


心臓がぎゅっとなる。


「どんな動き?」


「一条煌が宣言した。一月後、自ら七耀聖杯を率いて、魔界に攻め込む、と。」


部屋の中が静まり返った。


一ヶ月。


あと、一ヶ月しかない。


窓の外、紫色の空は不気味だけど美しい。


一ヶ月後、ここはどうなってるんだろう?


わからない。


でも、わかることが一つある。その時、私はもう逃げない。



クラウディアが退却してから三日後。一通の手紙が届いた。


彼女自身が書いたものじゃない。もっと隠されたルートから——魔界では珍しいワタリガラスが、密封された巻物をくわえて、私の窓辺に止まったんだ。


巻物を開く。


そこにはほんの数行書かれてた。でも、どの文字も心臓を早くさせるには十分だった。


「不死者へ


命を救われた借りを返す、第一弾の情報だ——撤退途中、聖光教会の極秘文書を入手した。


文書には、『聖処女計画』は一条煌から始まったものではない、と記されていた。この計画は千年前にすでに始動している。代々、選ばれた『聖処女』の魂には印が刻まれ、『適切な時』に目覚めるのを待っている。


お前は最初の聖処女ではない。最後でもないだろう。


文書にはさらにこう書いてあった。一条煌はこの真実を知っている。お前が生まれ変わりであること。お前の魂に何かが埋め込まれていること。彼がお前を生贄に捧げたのは、聖王の力を活性化させるためだけじゃない。本当の目的は——


『埋められた果実を摘み取るため』だ。


果実とは何か。それは私にもわからない。だが、文書の中で気になる一文があった。


『聖処女が竜の心臓を喰らう時、千年前の呪いが目覚める。』


お前は竜の心臓を喰らったか?


もし喰らったなら、夢に気をつけろ。


——クラウディア」


手紙が手から滑り落ちた。


竜の心臓?


私は確かに混沌魔竜を喰らった。それは「竜の心臓を喰らった」ことになるのか?


千年前の呪い?


うつむいて自分の手を見る。手の甲には黒い紋様がぼんやり浮かんでる。いつもと変わらない。


でも、あの夜——


急にあることを思い出した。


竜の腹の中で目覚めたあの日。確かに夢を見た。


夢の中で、一人の娘が泣いてた。


白い長袍を着て、祭壇の上に立ってる。周りには大勢の人がひれ伏してる。全身を聖光で包んだ一人の男が、その娘に微笑みかけてる。


「怖がるな。」その男が言う。「これは一時のことだ。お前の魂は私と一緒にいる。永遠に。」


そして聖光が光った。


娘の体が灰になった。


でも、その目は消える最後の瞬間、私の方を向いた。


その目に恨みも怨みもなかった。ただ——


「覚えて。」


彼女は言った。


「真実を、覚えて。」


夢はそこで途切れた。


ずっと、あれは死ぬ間際の幻覚だと思ってた。


でも、今——


手紙を拾う。もう一度読む。


「夢に気をつけろ。」


クラウディアの筆跡は几帳面で冷たい。でも、この一文には何か心配するような気持ちが込められてる気がした。


窓際に歩く。魔界の紫色の空を見る。


三つの月たちは、この世界を何年見てきたんだろう?


何代もの「聖処女」の生贄を見てきたんだろう?


「あんたは、誰?」


小声で訊く。あの夢の中の娘に、なのか。それとも自分自身に、なのか。


誰も答えない。


でも、わかった。これからは、すべての夢がもうただの夢じゃなくなるってことを。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ