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不合格な来客

次の日の、朝。起きて、すぐに、外が、騒がしいのに、気づいた。


「来た来た!」

「早く、準備しろ!」

「あの野郎、入れるな!」


ドアを、開ける。廊下には、魔族たちが、いっぱい。みんな、城の門の方向に、走ってる。


「どうしたの?」通りすがりの、小悪魔を、つかまえる。


「大変だ!」小悪魔が、慌てふためいて、言う。「めっちゃ、怖い奴が、来たんだ!」


めっちゃ、怖い奴?


私も、人の流れに、乗って、城の門まで、走る。そこには、もう、魔族の幹部たちが、ぐるりと、囲んでた。


アスモデウス、ベルゼブブ、ベルフェゴール。それに、見たことのない、幹部たちも、何人か。みんな、険しい顔で、門の前に、立ってる。


門の外には、一人の男が、立ってた。


ごく普通の、男に見えた。


普通の短い髪。普通の顔。普通の服——もし、あの、全身から、あふれ出る、息苦しいほどの、プレッシャーを、無視すれば、だけど。


それは、純粋な、隠しもしない、殺気だった。


「どけ。」


その声は、とても、平淡だった。でも、一言一言が、刃みたいに、神経を、えぐる。


「あの不死者に、会いたい。」


「サマエル様。」アスモデウスが、口を開く。その声には、かすかな、震えが、混じってる。「陛下が、誰も、入れるなと……」


「どけ。」


彼女の言葉を、遮る。口調は、相変わらず、平淡。


でも、殺気は、もっと、濃くなった。


人垣の後ろから、その、サマエルって、呼ばれた男を、見る。


彼の目が、全員を、飛び越えて、まっすぐに、私を、見た。


その瞬間、背筋に、寒気が、走った。


「見つけた。」


彼は言った。


で、動いた。


たった、一歩。それだけで、彼は、すべての人の、間を、すり抜けて、私の前に、現れた。


距離、一メートルも、ない。


「あんた」


何か、言おうとした、その時。横から、手が、伸びて、サマエルの、手首を、つかんだ。


ルシファーだ。


「サマエル。」その声は、氷のように、冷たい。「何を、してる?」


サマエルは、彼を見る。表情は、まったく、変わらない。


「見てる。」


「見終わったか?」


「いや。」


「なら、もっと、見てろ。」


ルシファーは、手を、離す。一歩、後ろに、下がって、私の隣に、立った。


サマエルは、本当に、もっと、私を見た。


上から、下まで。左から、右まで。頭のてっぺんから、足の先まで。すごく、丁寧に。


その視線が、すごく、気持ち悪い。


リリィみたいな、「面白いオモチャ」を見る目でも、ない。ルシファーみたいな、「俺のモノ」を見る目でも、ない。ただ——


標本を、見るみたいな、目。


「ふん。」


見終わって、彼は、うなずいた。


「合格。」


何が、合格?


「『憤怒』の、後継者として、な。」彼は言う。「お前の怨恨は、憤怒の幹部に、なる資格が、ある。」


「ちょっと待って。」遮る。「私、いつ、そんな、後継者に、なるとか、言った?」


サマエルは、私を見る。その目は、まるで、物わかりの悪い、ガキを見る目。


「お前の体内には、十分な、憤怒が、ある。」彼は言う。「憤怒は、発散するべきだ。発散には、力が、必要だ。力には、居場所が、必要だ。七大罪のうち『憤怒』の幹部の席は、三百年、空いてる。お前が、座れ。」


これ、何の、理屈?


「お断りします。」


言った。


サマエルの目が、細くなった。


「なぜだ?」


「興味ないから。」




「面白い。」


彼は言った。


で、消えた。


来た時と同じように、突然に。


私は、その場に、立ったまま、しばらく、口が、きけなかった。


周りの人たちも、呆然としてる。


「あの……」ベルゼブブが、か細い声で、言う。「サマエル様、もう、行っちゃった?」


「うん。」アスモデウスが、うなずく。「行った。」


「さっき、『面白い』って、言ってたけど?」


「うん。」


「あれ、褒めてる、ってこと?」


「サマエルの、言語体系では、褒めてる、らしい。」


ルシファーの方を、見る。


「あの、サマエルって、どんな人?」


「七大罪のうち『憤怒』を司る、幹部だ。」ルシファーが言う。「最強の、戦闘狂だ。普段は、ほとんど、口を、きかない。でも、一度、口を開けば、一言一句、全部、核心をつく。」


「さっき、私を、後継者にって、言ってたけど……」


「気にするな。」ルシファーが言う。「あいつは、後継者を、探すのに、三百年、かけてる。誰でも、見れば、合格って、言うんだ。」


つまり、戦闘狂に、目をつけられた、ってこと?


「でも」


ルシファーが、私を見る。


「お前は、確かに、合格だ。」


「え?」


「お前の、怨恨だ。」彼は言う。「それは、お前が、強くなるための、十分な、糧になる。サマエルの、見立ては、間違ってない。」


黙った。


「行くぞ。」ルシファーが、振り返る。「今日から、訓練を、始める。」


その後ろを、ついていく。人垣を、抜けて、訓練場に向かう。


後ろから、魔族たちの、話し声が、聞こえる。


「あの不死者ちゃん、すごいな。サマエル様にまで、目をつけられるなんて。」

「もしかして、本当に、憤怒の幹部に、なっちゃったりして?」

「そしたら、七大罪、全部、揃うな。」

「うわ、想像するだけで、ワクワクする!」


その話を、聞きながら、心の中は、複雑だった。


憤怒の幹部?


私、ただの、普通の女子大生で、ただ、普通に、生きていたいだけなのに。なんで、魔界で、こんなに、引っ張りだこに、なるんだろう?


でも、考え直すと——


もう、不死者だし。今更、何が、起こっても、不思議じゃないか。


ため息をついて、ルシファーの、後ろ姿を、追いかける。


訓練場は、城の裏手に、あった。巨大な、露天の広場だ。地面には、黒い石板が、敷き詰められてて、周りには、訓練用の、人形や、標的が、立ってる。


「今日は、まず、お前の、基礎能力を、テストする。」ルシファーが言う。「全力で、俺に、攻撃しろ。」


「あんたに?」


「うん。」


「反撃、しないの?」


「しない。」


冗談じゃないのを、確認する。


で、深呼吸して、体内の、死霊の力を、呼び起こす。


黒い気配が、体から、あふれ出す。背中の後ろに、集まって、一対の、巨大な、骨の翼を、形作る——それは、混沌魔竜王の力だ。手の甲の、黒い紋様が、光り始める。足元の石板に、ひびが、入る。


「せいっ!」


拳を、繰り出す。竜の力と、死霊の怨念を、まとった、一撃。彼の、顔面めがけて、まっすぐに。


で——彼は、一本の、指を、差し出した。それで、止めた。


本当に、一本の、指だけ。


私の拳は、彼の指先に、当たったまま。鉄板に、ぶつかったみたいに、まったく、動かない。


「弱すぎる。お前の力は、万分の一も、出せてない。」指を、引っ込める。「死霊術士の力は、『死者』に、由来する。お前の体内には、どれだけの、死者が、いる?」


「たくさん……」


「どれだけだ?」


わからない。


「お前は、混沌魔竜を、喰らった。でも、それは、始まりに、過ぎない。」彼は言う。「魔竜は、二千年、生きて、無数の命を、喰らった。その命たちは、今、みんな、お前の、体内に、いる。お前は、それらを、召喚できる。でも、制御は、できてるか?」


「できてない。」彼が、代わりに、答える。「お前は、ただ、召喚してるだけだ。制御は、できてない。その死者たちの力、お前は、1%も、使えてない。」


彼は、私の前に、歩いてきた。


「なぜだか、わかるか?」


首を、振る。


「お前が、怖がってるからだ。」


怖がってる?


「お前は、化け物に、なるのを、怖がってる。怨恨に、飲み込まれるのを、怖がってる。自分を、失うのを、怖がってる。だから、本当の意味で、あの死者たちの力を、受け入れられないんだ。」


その目が、まっすぐに、私を、見る。


「でも、それは、間違いだ。」


手を、伸ばす。私の胸に、当てる——そこには、心臓の音は、ないけど。


「あの死者たちは、お前を、飲み込もうとしてるんじゃない。助けようとしてるんだ。」


声が、低くなる。


「あいつらも、お前と同じだからだ。裏切られ、殺され、忘れられた者たちだ。あいつらの怨恨は、お前の怨恨と、同じなんだ。」


胸の奥が、急に、熱くなった。


私の体内で、眠ってる、あの死者たちが、何かを、感じ取ったみたい。


「受け入れろ。」ルシファーが言う。「力としてじゃない。自分自身として、だ。」


訓練が、終わって、部屋に、戻ると、リリィが、ベッドの上に、寝転がって、お菓子を、食べてた。


「調子は、どう?」彼女が、訊く。


「ちょっと、疲れた。」正直に、答える。


「そりゃ、そうでしょ。あんた、目覚めたばかりで、力が、まだ、不安定なんだから。」パッと、ソファに、移動して、足を、ぶらぶらさせる。「でも、そのうち、慣れるわよ。」


私を見る。急に、真剣な顔に、なった。


「すみれちゃん、あんたの、能力について、なんだけど。」


「何?」


「死霊術士って、人間界じゃ、禁忌の存在なんだよ。だって、死者を、操って、魂を、汚すから、邪悪な象徴って、されてるの。でも、魔界じゃ、そんなの、何でもないわ。」


ちょっと、間を、置いた。


「でも、一つだけ、気をつけてほしいことが、あるの。」


「何?」


「あんたの能力は、魂を、糧にしてるんだ。」彼女が言う。「死者を、召喚するたびに、お前は、自分の、魂の力を使ってるの。補充しないと、どんどん、弱ってって、最後には、自分が、召喚した死者に、喰い返されるわよ。」


「じゃあ……どうやって、補充するの?」


「喰うのよ。魂を、喰うの。」彼女が言う。「あんたが、召喚した死者たちは、消える時に、少しだけ、力を、残すの。あんたは、それを、吸収するか、それとも、見逃すか、選べる。吸収すれば、力は、強くなる。見逃せば、あんたは、どんどん、弱くなる。」


私を見る。その目は、真剣だ。


「これは、選択よ。本当の、死霊術士に、なるか。それとも、『不合格な客人』のまま、いるか。」


長い間、黙ってた。


「私……喰いたくない。あの死者たちは、もう、十分、かわいそうだもの。殺されて、地下に、閉じ込められて、やっと、呼び出されて、外の空気を、吸えたのに、それでも、私に、喰われるなんて……あんまりだよ。」


「ははははは!やっぱりね。」


「え?」


「あんたは、やっぱり、空っぽの、器だわ。」彼女が言う。「でも、いい子でも、ある。」


ソファから、飛び降りて、私の前に、来る。人差し指で、そっと、私の額を、つついた。


温かい感じが、額から、伝わる。何かが、体の中に、流れ込んでくるみたい。


「これは……」驚いて、彼女を見る。


「大精霊の、祝福よ。」彼女は、微笑んだ。「直接、力を、与えることは、できないけど、あんたの魂を、安定させるのには、役立つわ。これで、喰い返される心配は、しなくて、済むでしょ。」


彼女を見る。何て、言ったら、いいのか、わからない。


「ありがとう、リリィ。」


「いいってことよ。」手を、ひらひらさせる。「あんたが、面白いから、やってるだけだし。」


振り返って、ドアのほうに、歩いていく。途中で、立ち止まった。


「そうだ」


振り返る。


「あんたを、生贄に、した男、一条煌って、言うんだっけ?」


うなずく。


「気をつけなさいよ。」リリィの表情が、険しくなった。「あの男、ただ者じゃないわ。あたし、あいつから、すごく、嫌なものを、感じたの。」


「嫌なもの?」


「うまく、言えない。」首を、振る。「でも、ただの、聖王の生まれ変わりって、だけじゃ、絶対に、ないわ。あいつの魂、何か、変よ。」


ドアを、開ける。


「元気でね、すみれちゃん。死なないでよ。また、遊びたいし。」


そう言って、消えた。


呆然と、その場に、立つ。彼女の言葉を、反芻する。


一条煌の魂が、変?

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