表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/41

ルシファーの問い

そんな日々が、一週間、続いた。


一週間後の、ある夜。ルシファーが、突然、私の部屋に、現れた。


「俺と、来い。」


何も言わずに、私の手を、つかんで、外に、連れ出そうとする。


「どこに?」


「着けば、わかる。」


長い廊下を、抜け、螺旋階段を、降りて、最後に、たどり着いたのは、城の一番高いところ——塔の頂上だった。


塔の上は、展望台に、なってる。ここに、立てば、魔界の景色が、全部、見渡せる。


紫色の空。三つの月。遠くに、連なる山々。近くに、明かりの、灯る町——魔界の夜景は、不気味なほど、美しかった。


「きれいか?」彼が、訊く。


「うん、きれい。」


「ここは、俺の、領土だ。」彼は言う。「魔界で、一番、豊かな場所。七つの大国の一つ、傲慢の国だ。」


彼の方に、向き直る。


「どうして、私を、ここに、連れてきたの?」


しばらく、黙ってた。で、口を開いた。


「一週間、経った。」


「え?」


「お前が、ここに、来てから、一週間、経った。」彼は言う。「一週間もあれば、この場所を、知るには、十分だ。お前に、訊きたい」


体の向きを、変える。私と、向き合う。


「お前は、ここに、残りたいか?」


「俺のモノとして、じゃない。」彼は言う。「お前自身として、だ。佐々木すみれとして、ここに、残りたいか?」


彼を見る。何て、言えばいいのか、わからない。


「選べるんだぞ、お前は。」彼は、続ける。「もちろん、お前は、俺の刻印を、つけてる。でも、もし、本当に、出て行きたいなら、人間界まで、送ってやる。誰にも、見つからないような、辺鄙な場所に、隠れて、暮らせ。」


その表情は、真剣そのものだった。


「でも、もし、残るなら」


その目が、まっすぐに、私を、見る。


「もう、二度と、戻れなくなるぞ。お前は、魔界の一員に、なる。俺の、臣下に、なる。そして」


言葉を、切った。


「お前自身に、なる。」


夜風が、吹く。彼の、銀色の髪が、揺れる。


その目を見る。血のように赤い、その目には、いつもの、からかうような光も、危険な感じも、ない。ただ——


真剣さだけが、あった。


かつてない、真剣さ。


口を、開きかけた。何か、言おうとした。でも、言葉が、出てこない。


ここに、残りたいか?


ここには、人間はいない。学校もない。コンビニもない。食べたいものも、ない。


ここにいるのは、みんな、化け物ばかり。変人ばかり。私が、今まで、想像すら、したことないような、ものばかり。


でも——


ここには、アスモデウスがいる。毎日、私を、着せ替え人形にして、絵を、描いてくれる。


ベルゼブブがいる。毎日、美味しいものを、作ってくれる。見た目は、怖いけど。


ベルフェゴールがいる。いつも、考え事を、手伝わせられるけど、私の疑問を、笑ったりは、しない。


あの、幽霊たちもいる。うるさいけど、彼らの目は、温かい。


それに——


ルシファーを見る。


この男も、いる。


強引で、危険で、いつも、私を「モノ」扱いするけど、本当に、私を、無理強いしたことは、一度もない。


守ってくれてる。


最初から、ずっと。


「残りたい。」


自分の声が、聞こえた。


ルシファーの目が、ぱっと、輝いた。


「行くとこが、ないから、じゃない。」続けて、言う。「逃げ場が、ないから、でもない。だって」


息を、吸い込む。


「だって、ここで、私は、私の、存在意義を、見つけたから。」


私を、必要としてくれる、あの幽霊たち。私を、友達と、思ってくれる、あの魔族たち。それに——


私に、二度目の人生を、くれた、この男。


「残りたい。」


もう一度、言う。


ルシファーは、私を見る。長い間、見る。


で、彼は、笑った。


初めて、見る、笑顔だった。


からかうような、笑顔じゃない。危険な、笑顔でもない。ただ——


優しくて、満足そうで、ちょっと、子供っぽい、笑顔。


「よし。」


彼は言った。


で、手を、伸ばす。優しく、私の頭を、撫でた。


「今日から、お前は、ただの、俺のモノじゃない。」


その声は、とても、優しかった。


「お前は、俺の、家族だ。」


家族。その言葉、私にとって、遠すぎた。


生贄に捧げられてから、もう、二度と、家族なんて、持てないと、思ってた。


なのに、今、この、化け物ばかりの城で。この、魔界の、塔の上で——


誰かが、私に、家族だって、言ってる。


うつむいた。必死に、何かを、こらえる。


「バカ……」


つぶやく。


「夜中に、いきなり、そんなこと、言うから……」


ルシファーの手が、頭の上に、止まったまま。


「泣いたか?」


「泣いてない。」


「目、赤いぞ。」


「赤くない。」


「強情だな。」


「強情じゃない!」


顔を上げて、にらみつける。


彼は、赤くなった、私の目を、見て、もっと、嬉しそうに、笑った。


「はいはい、赤くない。」


手を、引っ込める。振り返って、夜景を、見る。


「明日から、本格的に、死霊術士の力の、使い方を、教える。」


「え?」


「まさか、ここで、ただで、飯を、食っていけると、思ったか?」横を向いて、私を見る。「お前は、俺の家族だけど、同時に、俺の臣民でもある。臣民には、臣民の、責任ってものがある。」


「どんな、責任?」


「強くなることだ。」


遠くを、見る。月明かりが、彼の顔に、淡い影を、落としてる。


「自分を、守れるくらい、強く。守りたいものを、守れるくらい、強く。そして」


声が、低くなる。


「自分の手で、一条煌に、復讐できるくらい、強く。」


一条煌。


その名前を、聞くだけで、心臓が、ぎゅっと、なる。


「うん。」


言った。


「教えて。」


ルシファーは、うなずく。


「明日から、早起きしろよ。寝坊、するなよ。」


「わかった。」


二人で塔の上に立つ。魔界の夜景を見る。


三つの月が不気味な光を放ってる。


遠くから、魔獣の、遠吠えが、聞こえる。近くでは、夜風が、吹いてる。


この世界は、見知らぬ場所で、危険だらけ。


でも、今、この男の、隣に、立ってると、なぜか、とても、安心する。


「そうだ。」


急に、あることを、思い出した。


「あの、魔族の幹部たち——アスモデウスに、ベルゼブブ、ベルフェゴール——あの人たち、みんな、昔は、人間だったの?」


ルシファーは、しばらく、黙った。


「どうして、知ってる?」


「ベルゼブブが、言ってた。」私が言う。「人間の食べ物の味を、覚えておきたいって。そうすれば、自分が、昔、人間だったってことを、忘れずに、済むから、って。」


ルシファーは、うなずく。


「七大罪の幹部は、ほとんどが、死後、魔族になった者たちだ。」彼は言う。「奴らは、生きてる頃、強い執念を、持ってた——色欲、暴食、怠惰、嫉妬、強欲、憤怒、傲慢。死後、その執念が、奴らを、魔族に、変えたんだ。」


「じゃあ、あんたは?」


「あんたも、昔は、人間だったの?」


ルシファーは、振り返る。私を見る。


その血のように赤い目に、複雑な光が、よぎった。


「俺は、違う。」


彼は言う。


「生まれついての、魔族だ。生まれた時から、『傲慢』の、化身だ。」


少し、間を、置いた。


「でも、俺も、一度だけ、憧れたことが、ある——人間に、なりたいって。」


その声は、とても、小さかった。風に、かき消されそうなほど。


「それは、どんな、感じ?」


「どんな感じって?」


「人間に、なりたいって、憧れる、感じ。」


彼は、私を見る。長い間、見る。


で、彼は、笑った。


「そのうち、わかる。」


答えには、なってなかった。


でも、なぜか、何かが、わかったような、気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ