深夜の対話
その夜、私は眠れなかった。
あのありえないくらい大きいベッドに横たわって、ビロードの天蓋をじっと見つめる。頭の中ではリリィの言葉が繰り返し響いてる。
「本当の化け物になっちゃうわよ。」
「自分が誰かも忘れる。何を愛してたかも忘れる。」
手を差し出す。手の甲にぼんやりと浮かぶ黒い紋様を見る。
これが私の未来?
意識もなくて、本能だけで動く化け物?
それって死んでるのと何が違う?
「眠れないのか?」
窓辺から声がした。
飛び起きる。ルシファーが窓辺の肘掛け椅子に座ってた。手には赤い液体の入ったグラス。
「あんた……なんでここに?」
「俺の城だ。俺がどこにいようと俺の勝手だ。」当然のように言う。「それにお前が眠れないなら付き合ってやろうと思って。問題あるか?」
言い争う気になれなかった。
「リリィの言ったこと考えてるな。」彼は言う。疑問じゃない。確信だ。
しばらく黙って、うなずく。
「あの人の言う通りだと思う。」
「どの部分が?」
「私が怨恨でいっぱいだって言った部分。」うつむく。「私が化け物になるかもって言った部分。」
ルシファーはグラスを置いた。立ち上がってベッドのところまで歩いてくる。
ベッドの端に腰を下ろした——私のベッドに座った。
距離がすごく近い。
「知ってるか?」彼は言う。「魔族にも怨恨はあるんだ。」
顔を上げる。
「俺たちは神族に追われ、人間に恐れられ、この世界に拒まれてきた。闇の中で、影の中で、すべての者の恐怖の中で生きてきた。俺たちにも怨恨はある。怒りもある。無念もある。」
その声は低くて静かだ。
「でも魔族はお前の言うあんな『化け物』にはならなかった。なぜだ?」
首を振る。
「俺たちの怨恨には『方向』があるからだ。」彼は言う。「神族を恨めば、もっと強くなる。人間を恨めば、魔界を支配する。この世界を恨めば、自分たちの世界を作る。」
私の目を見る。
「お前の怨恨に『方向』はあるのか?」
方向?
私の怨恨は一条煌に向いてる。私を追ったあいつらに向いてる。私を化け物扱いするこの世界の全員に向いてる。
でもその後は?
恨み終わったその後は?
「お前の怨恨には『方向』が必要だ。」ルシファーが言う。「消化しろとか、忘れろとか言ってるんじゃない。それを、お前の力に変えろ、って言ってるんだ。」
手を伸ばす。指がそっと私の頬を撫でる。
「その怨恨で強くなれ。自分で復讐できるくらい強くなれ。一条煌の前に立って、やったことを償わせられるくらい強くなれ。」
指が私のあごで止まる。
「で、復讐を果たした後——自分が本当にしたいことを見つけろ。」
本当にしたいこと?
考えたこともなかった。
生贄にされる前は、私の人生の目標なんて、ただ無事に卒業して普通の仕事に就いて普通の人生を送ることだけだった。一条煌に片想いすることも、ただの普通の女子大生の、普通の少女の憧れだった。
でも今は?
「わかんない。」
正直に言った。
「じゃあゆっくり考えろ。」ルシファーは手を引っ込める。「時間はいくらでもある。不死者に一番あるのは時間だ。」
立ち上がってドアの方に歩いていく。
ドアのところまで来て、立ち止まった。
「そうだ」
振り返る。
「リリィの言ったこと、あんまり心配するな。お前は化け物にはならない。」
「なぜ?」
彼は笑った。その笑顔にはちょっとした得意げな感じが混じってる。
「だってお前は俺のモノだから。俺が俺のモノを化け物にするわけないだろ。」
ドアが閉まった。
呆然とそのドアを見る。
この男、本当にいつもこういう強引な言い方ばっかり。
でもなぜか心が少し軽くなった気がした。
ベッドに横たわる。目を閉じる。
今度は眠れた。




