第三章 魔王の城と不合格な来客
私、囲まれてる。
正確に言うと、朝食を食べてる私の周りを、魔族がぐるっと取り囲んでる。
「本当に人間の食べ物を食べてる!」
「見て、あのもぐもぐしてる仕草、かわいい!」
「紅茶飲んだ!紅茶飲んだぞ!」
「おいおい、押すなよ、俺にも見せろ!」
パンを手にしたまま、固まる。引きつった顔で目の前のこの「観客たち」を見る。
左側には羊の角が生えた女性の魔族。スタイルがありえないくらいすごい。露出の多いレザーの服を着てて、今、両手で頬を包んで、目をハートにして私を見てる。
右側には全身黒いローブに包まれた骸骨——違う、骸骨じゃない、幽霊?体が半透明で、空中に浮いてる。研究するみたいな目で私をじろじろ。
前にゃ三人のちっちゃな悪魔がしゃがんでる。大きくしたコウモリみたいな見た目。赤い肌にとがった耳。今、そろって首をかしげて、十六の目で私を見てる——そう、十六。なぜなら一人につき少なくとも四つは目があるから。
後ろは……後ろは擠り合って入れないみたい。でも「伝説の不死者がどんな姿か見せろ」って叫んでる声が聞こえる。
パンを置いて深呼吸。
「あの……」
口を開いた瞬間、羊角美女がキャーって叫んだ。
「喋った!声、すっごくきれい!」
「お前ら、いい加減にしろ。」
ドスのきいた声が人垣の外から聞こえた。観客たちは一瞬で静かになって、おとなしく道を開ける。
ルシファーが入ってきた。
今日は服が違う。黒いシャツに銀色のベスト。襟元は相変わらずだらりと開いてて、青白い鎖骨がのぞいてる。銀色の長い髪は肩にふわりとかかってる。血のように赤い目にはちょっとした呆れの色が浮かんでる。
「全員、さっさと仕事に行け。」
声は大きくない。でも魔族たちは一瞬でちりじりに逃げていった。羊角美女が一番速くて、走りながら振り返って手を振る。「またね!」
私……
ルシファーは私の前に来た。見下ろすように私を見る。
「慣れたか?」
「珍獣扱いされて囲まれることに慣れてるかって訊いてる?」パンをかじる。「全然慣れない。」
私の向かいに腰を下ろす。長い脚を組んで。まるで玉座に座ってるみたいな優雅な姿勢。
「奴らは人間を見たことがないんだ。」彼は言う。「ましてや竜の腹の中から生きて出てきた人間なんてなおさらだ。お前は奴らにとってまるで……」
「パンダみたいなもの?」
「それは何だ?」
「何でもない。」
朝食を続ける。彼は相変わらず私を見てる。
その視線がちょっと落ち着かない。嫌な感じの値踏みする目じゃない。ただひたむきに真剣に、まるで芸術品を鑑賞するみたいな目。
「じっと見るのやめてくんない?」
「やだ。」
「なんで?」
「だってお前は俺のモノだから。」当然のように言う。「俺が自分のモノを見て何か問題あるか?」
話題を変えよう。
「あの……さっきの魔族たち、みんなあんたの部下なの?」
「うん。」
「あの羊角の美人は?」
「あいつはアスモデウスだ。色欲を司る幹部だ。」
「色欲?」
「お前が想像してるような意味じゃない。」ルシファーが言う。「あいつが追い求めるのは、あらゆる『美しい』ものだ。だからお前に興味を持つんだ。」
なるほど……ちょっと納得。
「で、あの幽霊は?」
「ベルフェゴール。怠惰を司る。動くのが面倒だから、こうして壁から首を出して観察してるんだろう。」
「あの目がいっぱいあるのは?」
「下級悪魔だ。雑用係だ。」
「七つの大罪の幹部って……みんなあんな、なんていうか……」
「奇人、変人?」
「あんたが言った。」
ルシファーは笑った。その笑顔にはちょっとした呆れが混じってる。
「魔族の『罪』は人間が理解してるのとはちょっと違う。」彼は言う。「色欲は好色って意味じゃない。怠惰は動かないって意味じゃない。アスモデウスはすべての『美しい』ものを追い求める。だからお前に興味を持つんだ。ベルフェゴールは考えるのが面倒だ。だからお前という『謎』に興味を持つんだ。」
「じゃあ、暴食は?」
ルシファーの表情が微妙に歪んだ。
「暴食か……」
言い終わらないうちに、ドアがバーンと開いた。
「陛下!陛下!成功しました!」
まん丸い影が飛び込んできた。
それはなんていうか……球だ。
コック服を着た球。
体は風船みたいにまん丸。頭は直接体にくっついてる。首がない。短い二本の足が下でちょこちょこ動いてる。走るとまるで転がる肉団子。
手には器を高々と掲げてる。器の中には黄色いゆがんだラーメンみたいなものが入ってる。
「陛下!ついに研究が成功しました!人間界のインスタントラーメン!」
私達のところまで突進してきて、器をテーブルにドンと置く。顔中に得意げな笑みを浮かべて。
「見てください!魔界の素材で完璧に再現しました!麺は地獄麦で、スープは幽霊魚で、味付けには悪魔椒を使ってます——絶対に人間界のより刺激的ですよ!」
その「インスタントラーメン」を見る。
確かにインスタントラーメンにそっくり。でもスープは不気味な蛍光グリーン。麺はかすかにうねってる。上にはドクロの形をしたナルトが浮かんでる——違う、あれナルトじゃない。本物のミニチュアのドクロだ。
「これは……」
「ベルゼブブだ。」ルシファーが紹介する。「七つの大罪のうち『暴食』を司る幹部だ。趣味は人間の食べ物を研究することだ。」
「正確には人間の食べ物をどう魔界風にアレンジするか研究することです!」ベルゼブブが得意げに言う。そして私の方に向き直る。「あなたがあの不死者ちゃんですね?さあ食べてみてください!」
器を私の前に押し出す。期待に満ちた目で私を見る。
光る緑色のスープ。うねる麺。そして……ルシファーを見る。
ルシファーが小さくうなずく。死にはしない、って意味か。
深呼吸して箸を取る。一束麺をすくう。
麺が箸の上でのたうち回る。
目を閉じて口に放り込む。
もぐ。
もぐもぐ。
もぐもぐもぐ。
あれ?
味は……意外と悪くない?
麺は歯ごたえがあって、スープは旨味が強くて、ピリッとした辛さが後から来る。見た目は不気味だけど、味は確かにインスタントラーメン——いや、インスタントラーメンより美味しいかも。
「どうです?どうです?」ベルゼブブが顔を近づける。目がキラキラ。
「美味しい。」
正直に答えた。
「本当ですか?やった!ついに俺の料理をわかってくれる人間に出会えた!知ってます?前回陛下に味見してもらったら、不味いって言って追い出されたんですよ!」
ルシファーが軽く咳ばらいをする。
ベルゼブブは全然気づかない。興奮して話し続ける。
「これから何か食べたいものがあったらなんでも言ってください!何でも作りますから!人間の寿司、ピザ、ハンバーガー、カレー——全部研究済みです!材料はどうしても地獄米とか幽霊牛とか悪魔チキンとかになっちゃいますけど、味は絶対に本場ですから!」
「あ、ありがとう……?」
「どういたしまして!あなたは俺の初めての人間の友達です!」
ベルゼブブは私の手をぎゅっと握った——その手は柔らかくて温かい。まるで焼きたてのパンみたい。
「そうだ、お名前何ていうんですか?」
「佐々木すみれ。」
「すみれちゃん!いい名前だ!覚えました!」
手を離す。そしてまた風のように駆け出していった。走りながら叫んでる。
「人間のアイスクリームを研究しなきゃ!氷獄竜のミルクで作れるはずだ!」
ドアが後ろで閉まる。
呆然とそのドアを見る。そしてルシファーを見る。
「七つの大罪の幹部って……みんなこんな感じ?」
ルシファーはティーカップを手に取る。優雅に一口含む。
「だいたいそんなもんだ。」
「慣れれば大丈夫だ。」
絶対に慣れない気がする。




