第一章 普通の世界の終わり
「佐々木、君さ……僕のために、死んでくれない?」
誓ってもいい、これが人生で一番ぶっ飛んだ告白だった。
三月の風は少し冷たく、屋上を吹き抜けていく。一条煌の学ランがふわりと揺れ、彼の表情は冗談を言っているようには見えなかった。陽の光が後ろ姿を縁取り、校内の女子に「100年に一度の美少年」と評される顔が、今この瞬間、ほとんど神聖なほどの眼差しで私を見つめている。
で、私は佐々木すみれ。普通以下……いや、普通よりちょっと劣るくらいの、大学二年生。今、脳みそ完全にフリーズしてます。
ちょっと待って、ちょっと待って。
まず、一条煌って誰?
幼稚園からの幼なじみで、隣の家に住んでる奴。
そして、私が十年以上、こっそり片想いしてた人。
彼は、私たちの学校の神様。
入試は全国一位、スポーツ万能、実家はなんでもすごい由緒正しい名家らしい。毎月スカウトが校門で待ち構えてて、バレンタインデーにもらうチョコは生徒会室が埋まるほど。それに対して私は、ただの、コンビニで期限間近の弁当をまとめ買いして、送料合わせのために他人と一緒に注文して、朝起きたら寝癖がハネてて鏡の前で悪態つくような、普通の女子大生。
で、その校内一の美男子が、急に私を屋上に呼び出して、しかもここは告白の聖地ってやつで、開口一番が「死んでくれ」?
「……は?」
これが今、私の口から出せる精一杯の言葉だった。
一条煌がほんの少し眉をひそめた。その表情は、まるで超簡単な算数の問題が理解できない奴を見るかのようだ。彼が一歩近づき、私は本能的に一歩後ろに下がった。
「佐々木、こんなこと頼むのが本当にぶしつけだって、わかってるんだ。」彼の声はすごくきれいで、透き通っていて、まるで山の清水のようだ。「でも、君が一番適任なんだ。」
は?何が適任?死ぬのに適任ってこと?そんなことに「適任」とかあるわけ?
「ずっと、君を観察してたんだ。」
彼はまた言った。
私の心臓がどきんと跳ねた——誤解しないで、ときめきじゃない、パニックだ。校内一の美男子に「ずっと観察されてた」なんて、少女漫画ならロマンチックな始まりだけど、現実ならたいてい、恥ずかしいことをやらかしてネタにされているパターンだ。
「君の生活は規則正しいし、授業もめったに休まない。交友関係はシンプルで、彼氏はいない」と彼は一つ一つ挙げていく。「家庭環境も普通で、両親は健在、高校生の妹さんが一人。特別にきれいというわけじゃないけど、まあ見られる程度だ。性格は取り立てて何かあるわけじゃないが、これといった欠点もない」
「……それって、どっかの大企業のユーザー分析?それとも何か『平凡人認定証』でも通ったってこと?」ようやく自分の声を取り戻せた。「一条くん、マーケティングの勉強でもしてるの?」
一条煌は私のツッコミを完全無視で、目はまっすぐに私を捕らえて離さない。その視線は、テレビで見たことがある——巡礼者が聖像を見上げる時のような、そんな目。
「一番大事なのは、」彼が言う。「君が、僕に片想いしてること。」
私の呼吸、止まった。
「小学校の入学式の時から、君は僕に会うたびに心臓が跳ねてるのに、わざと視線をそらす。食堂ではこっそり僕の見える位置に座るし、図書館では僕が借りた本を借りるし、僕の日直の日はわざと遅くまで残ってる。」彼の口調は、まるで天気予報を読み上げるみたいに、静かで落ち着いてる。「全部、知ってるんだ。」
終わった。
終わった終わった終わった。
私の人生、終わった。社会的に死んだ。
「だから、」一条煌がまた口を開いて、私に手を差し伸べる。「佐々木すみれ、僕のために、死んでくれる?」
風が止んだ。世界が、静まった。私はその白くて細長い手を見つめながら、頭の中はただ一つ——
これ、何?片想いの最終試験?クリアしたら付き合えるの?それとも、実は私、隠された身分の王女で、死ぬことで力が目覚めるとか?違う違う、これ、ラノベじゃないんだから。
「……聞いても、いい?」自分の声が震えてる。「その『死』って、具体的にどういう……」
「文字通りの、死。」彼は当然のように答えた。「僕が、聖王の生まれ変わりだから。君には、竜に食べられてほしいんだ。」
はい、もっとぶっ飛んだわ。
「ちょっと待って待って、」二歩後ろに下がって、両手で一旦停止のポーズを作る。「何それ?聖王って?竜って?あの、翼があって火を吹いて、ファンタジー映画に出てくる生き物のこと?」
一条煌の眉間の皺がもっと深くなった。その表情は、まさに救いようのないバカを見る目。ため息一つついて、学ランのポケットから何かを取り出した。
本だ。
違う、あれは本じゃない。その物体は、かすかに青い光を放っていて、表紙には見たこともない文字が書いてある。でもその文字たちは、まるで生きてるみたいに、ページの上をゆっくりと流れている。
「できれば、ゆっくり説明したかったんだけど、」彼が言う。「時間がなさそうだ——聖処女。」
さっきまでの、あの優しい、でもぞっとするような口調はそのままに。
でも、その瞬間——
彼の手が、震えているのが見えた。
緊張の震えじゃない。
拳を握ったり開いたり、何かを必死に抑えてるみたいな、そんな震え。
彼の視線は、私を見てなかった。
彼が見ていたのは、私の立ってる地面。
聖処女。
処女。
しょ、しょ……
私の顔が、一気に熱くなった。
「ちょっと待って待って!」やっと声が出た。「何言ってるの?竜って?あんた、最近ゲームのやりすぎなんじゃない?それに、そんなもの、どうして——」
彼は完全に私を無視した。
でも、その本を開く前に、聞こえたんだ、ほとんど聞こえないような声で、彼がこう言った:
「……ごめん。」
その声、あまりにも小さすぎた。
聞き間違いかと思ったくらい。
次の瞬間、私の足元に、巨大な魔法陣が現れた。




