【短編版】これまでの全てから、卒業する日
私は公爵家の娘として生まれた。
そして、大切に大切に育てられた。
政略結婚のための、道具として。
お父様とお母様はお仕事などで忙しくて、構ってはくれなかった。
そもそも、私にあまり興味がない様子に見えた。
お兄様は爵位を継ぐため、領地を継ぐためのお勉強で忙しくて…やっぱり構ってくれない。
でも、たまに暇ができたら優しくしてくれる程度には仲は悪くなかった。
そうなると必然的に、私を常に構ってくれるのは五歳ほど歳上の幼馴染である執事見習いだけだった。
彼の名前はリカルド。
わがままな私の面倒を根気強く見てくれて、甘やかしてくれて、時には叱ってくれる。
彼は私にとって、特別な人となった。
それは、私が淑女の中の淑女と呼ばれるようになっても変わらなかった。
彼が執事見習いから、執事となってからも。
彼は私にとって、特別な人。
だけれど私には、生まれながらの婚約者がいた。
この国の王太子殿下。
私は王太子殿下と結婚しなくてはならない。
でも、愛がなくても結婚はできるし子供は産める。
子供には惜しみなく愛情を注ぐつもりだったし、王太子殿下のことも〝家族〟として愛することはできるかも知れない。
そう、思っていた。
だからその日までは王太子殿下に尽くして、支えて、寄り添って来た…つもりだった。
「聖女が現れた?」
「はい、お嬢様」
御伽話でしか聞いたことがないその名前。
けれど現実に、聖女は現れた。
「それで…なにかあるの?」
「聖女がこの国で、冷害に苦しんでいた地域の人々を助け、流行病に苦しんでいた人々を助け、台風の被害に遭われた人々を助けたようです」
「うんうん、それで?」
「…王太子殿下の婚約者には、何もしないお嬢様より聖女様の方が相応しいのではないかという意見が出ております」
「誰がそんなことを?」
「…不特定多数の人々が」
心外だ。
私は国内の様々な問題で被害に遭われた人々のために寄付金を欠かさず、人々を助けて来たつもりなのだが…でも、そう評価されるならそれが全て、か。
「…ま、放っておきましょ」
「いいのですか?」
「別に構わないわ」
そもそも王太子殿下のことは愛していない。
彼の婚約者を聖女に挿げ替えるというならそれでも構わない。
そう思っていたのだけど。
「レイチェル!貴様はあろうことか、この国に尽くした聖女セイラに害を成したな!婚約破棄だ!」
「あら…」
心外だ。
害など成していない。
公衆の面前で断罪されるような瑕疵は私にはない。
「それはどのような?」
「暴力を振るったり、階段から突き落としたのだろう!」
「してません」
「なっ…しらを切る気か?こちらには証拠や証言があるのだぞ」
王太子殿下は自信満々。
彼にしなだれかかる聖女も自信満々。
国王陛下と王妃殿下の私を見る目も冷たい。
偽証でもしたのだろうか?
「ふむ、証拠ねぇ…」
「お待ちください。どうか、発言をお許しください」
隣にいたリカルドが言った。
「貴様はレイチェルの執事だろう!なんだ、主人を庇い立てでもするのか!?」
「そうです」
「そんなもの認められるか!」
「いや…双方の意見を聞くことも大事だ。好きにせよ」
「父上!?」
国王陛下、ナイスアシスト。
でもリカルドは何をするつもり?
「こちらの資料をご覧ください」
リカルドは何らかの資料を国王陛下と王妃殿下に渡した。
「…!これは…」
「聖女セイラによる、証言者への金品の受授の証拠…証拠品の偽装の証拠…これは、どういうことかしら?」
「え、え、え、」
「ど、どうしてバレたの!?なんで!?」
どうやらリカルドは、私の知らないところでこの件を嗅ぎつけて事前に準備してくれていたらしい。
「やり方が杜撰だったので、証拠集めは楽でしたよ」
にこっと笑う…いや、嗤うリカルド。
聖女は青ざめる。
王太子殿下は信じられないものを見る目で聖女をみた。
「じゃあ俺は…騙されて…?」
「さらに、こんなものもあります」
「これは…」
リカルドが国王陛下と王妃殿下に資料を渡す。
「これは…我が息子である王太子だけでなく、たくさんの貴公子と不義密通を交わしていた証拠か」
「なんと嘆かわしい」
「そんな…セイラ、嘘だよな?」
「そ、それはその…」
「言い逃れしようとしても無駄ですよ。皆様余程貴女を愛しているようで、貴女を王太子殿下に盗られたくないとたくさんの証言をしてくださいましたから」
セイラが泣き崩れる。
「聖女転生したから…この世界のヒロインになれたと思って…それで、逆ハーレムを作ろうとしただけなのに…」
「テンセイ?逆ハーレム?」
言っていることはよくわからないが、彼女が嘘つきということはわかった。
「…聖女セイラは、罪のない公爵令嬢を貶め罪を着せようとした!よって、離宮の奥で幽閉させ一生を国のために捧げさせよ!」
「はい!」
ということで、彼女は幽閉生活が確定した。
「我が息子よ…貴様は廃太子とする。そして離宮に押し込めた聖女セイラの世話役を任ずる」
「そんな!父上!」
「こやつも連れて行け!」
ということで、彼の半幽閉生活も確定した。
「これから優秀な第二王子を立太子させる。皆、異論はないな?」
「はい!もちろんです、陛下!」
ということで新たな王太子も近々立太子することが決まった。
あとは私。
「レイチェルよ…愚息がすまなかった」
「偽証に騙された私達も同罪です…ごめんなさいね」
「いえ…」
「婚約はこちらの有責で破棄しよう。賠償金も払う」
「ありがとうございます」
ということで、私はフリーになった。
「よくやったぞレイチェル!多額の慰謝料と賠償金が王家から入った!」
しばらくして、第二王子殿下がこの国の王太子として認められた。
そして私の両親には、多額の慰謝料と賠償金が入った。
私は今のところ、まだ婚約者も決まっていない。
フリーだ。
「褒美に欲しいものはあるか?」
そう父に問われる。
私の答えはただ一つ。
「リカルドと結婚したいです」
「…なに?それはならん。何の旨みもないだろう」
「なら褒美は要りません」
「ふん、そうか…」
父はその後は、興味なさそうに去っていった。
私の隣にいたリカルドは、目を丸くしている。
「お嬢様、どうしてあのようなことを?」
「貴方を真実愛しているからよ」
「…!」
「ねえ、リカルド。お願いがあるの…」
私のおねだりに、彼は真剣な目で頷いた。
「ねえ、貴方は本当にこれでいいの?」
「もちろんです。貴女こそよかったのですか?」
「よかったわよ、だって窮屈だったから」
貴族の子というのは、大体生活は保証されるが自由はない。
それは一般的に言って贅沢な悩みで幸せなこと。
でも、そのままでは貴方と一緒にいられないから。
「貴族という括りから、逃亡者となるわけですが」
「うん」
「覚悟は良いですか?お嬢様」
「…うん」
本当は、ちょっとだけ怖い。
それでも貴方と生きていたいから。
「貴族社会からの卒業、ね」
「卒業式でもしますか?」
「ふふっ」
彼の手を取って、走り出す。
「それは逃げ延びた先で、安定した生活を得た後に」
「ええ、そうしましょう」
「その代わり、もう一個卒業しましょう」
「え?」
きょとんとする彼も可愛い。
だけど、卒業しなければ。
「お嬢様呼び。あと敬語。もう、どちらも要らないわ」
「…レイチェル」
「リカルド」
「愛してる、レイ」
「ふふ、私も愛してるわ」
お嬢様呼びも敬語も、もう要らない。
貴族という立場も、お金も。
二人で生きていければそれでいい。
今までの全てにさようなら。
私たちはこれから、二人で生きていくわ。
「愛さえあれば生きていけるほど甘い世界ではないけど、俺がレイをこれから先ずっと守るよ」
「あら、私だって貴方を守るわ」
「レイ」
甘い視線。
お互いにキスをして、また走り出した。
ごめんなさい、お父様、お母様。
きっと貴方達は怒るでしょう。
でも、いつか親から卒業するのが子供というもの。
どうかわがままを許してね。
「聞いたか?遠くの国で貴族のお嬢様と従者が駆け落ちだってさ」
「いやぁ、愛だねぇ」
「親は血眼で探してるらしいが…見つかるのかね」
「少なくとも我が国まで逃げ延びたなら捕まらないだろうな。なにせ人種の坩堝だ」
「ここに逃げてきてりゃいいが…さて」
二人で営む定食屋でそんな会話が聞こえて、思わず口の端が上がる。
この国まで逃げ延びるのは、かなり大変だった。
偽の身分証を用意するのに逃亡資金のほとんどを使ってしまったから。
それでもなんとか、私がたくさん持つ魔力を駆使して魔力石…魔力を結晶化させた宝石を作ってそれを売って、逃げて来た。
この国に着いたらあとは簡単で、魔力石を売って定食屋を開いて、偽の身分証で彼と結婚も果たした。
…お兄様にだけは、使い魔を通して無事でいることだけは伝えている。
「ですって」
「いやぁ、素敵なお話だなぁ」
「ふふっ」
「まあ、しがない定食屋さんの夫婦には関係のない話だけどな?」
「ふふふっ」
過去の全てと完全に決別した。
過去のしがらみ全てから卒業した。
そして今手にあるのは愛する人との幸せのみ。
「幸せね」
「幸せだな」
願わくばどうか、この幸せを手放す日が来ませんように。
駆け落ちに至る経緯を追加してみました。
また、嬉しいイラストをいただきましたので貼らせていただきます!ありがとうございました!
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