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結局公園では血を舐めなかった赤月さん。帰ってから落ち着いてしたいらしく、いまは我慢するみたいだ。
本当に大丈夫かと何度か確認したが、「もし危なくなっても佐藤くんが隣にいるんだから大丈夫です」といわれなにも言えなくなった。
「やっぱり人が凄いな」
「ですね……ふにゅ!」
「大丈夫か!?」
「……ふぁい」
後ろから来る人に押され俺に顔をぶつけた赤月さん。この人混みでは仕方ないし、押した人も故意ではないだろうけど。
屋台の並ぶ道が人で埋め尽くされている。人口減少、不景気が嘘と思えてしまうような賑わっている光景。子供連れの親子がそこら中で遊んでいた。
まあ、この祭りは有名で人が集まりやすいのもあるだろうけど。
「……赤月さん、ちゃんと手を繋いでてね」
「はい!」
人混みへと突入する前に決めていたルート。飲食店を順に回り、食べ物をゲットしていく。長蛇の列が出来ているところはさけ、あくまで買いやすそうなものだけ。赤月さんの負担を考えつつ、俺は彼女の手を引く。
「……たこ焼き、綿あめ、クレープ……戦利品は三つだな」
「とてもよい戦果ですね!」
祭り会場から少し外れにある、落ち着いてものを食べられそうな場所へと移動。俺は適当な座れそうでいい具合の岩をさがし、もってきた敷物……小さな安物のビニールシートをかけた。
「用意がいいのですね、さすが佐藤くんです。ふっふっふ」
なぜか得意気の赤月さん。
「まあ、これくらいは。……どうぞ」
「佐藤くんは座らないのですか……?」
「俺は大丈夫だよ。赤月さん座って。そのためにこれもってきたんだからさ」
「……ありがとうございます。では、遠慮なく」
素直に腰を下ろしてくれた赤月さん。いつもならわりと抵抗するけど、今日は素直だ。
「んじゃ、また半分こだな。赤月さんは何から食べる?」
「えっと、では……たこ焼きを」
「おっけー、たこ焼きだな」
袋からとりだし渡そうと差し出す。すると赤月さんはそれを受け取ろうとしない。
「ん?どうした」
「たこ焼きって、熱いじゃないですか」
「まあ、そりゃそうだけど……」
「冷まさないと食べられなくないですか」
「……え」
俺を見上げている赤月さん。何かを求めるような、期待するような目が俺をジッととらえ続けている。
「もしかして、ふーふー……的な?」
こくこくと頷く赤月さん。
「まじでか」
「……まじです」
「恥ずかしくないか」
「だれも見てはいません」
「でも……」
「……わ、私たち……恋人、じゃないですか」
ぎゅぎゅぎゅ〜〜〜っ!!!と胸奥が過去一締めつけられる。まるで心臓を直接彼女にハグされたような衝撃に襲われる。
「……だめ、ですか」
「……いや、わかった。待って」
ゴムを外し、ふたを開く。六つ並ぶおいしそうなたこ焼きを一つ楊枝をさし、取り出した。
にこにこと嬉しそうにそれを見守る赤月さん。
「……ふー……ふー……」
てか、これどれくらいふーふーしたらいいんだろ?
「あの」
「ふー……ふー……ん?」
「唇で触れたら熱さわかるんじゃないですか、ね……」
赤い顔しながらすげえ助言してくるな、おい。たしかに熱さを確かめられそうだけど……。
「え、それ……いいの」
「いいですよ、かまいません。やってください」
「……はい」
唇に触れるたこ焼き。まだ、もう少しかな。
それから何度かふーふーを繰り返した。
「……このくらいかな。いちど食べてみてくれ」
「はい」
顔をあげ、あーん……と口を開く赤月さん。めちゃくちゃエッ……あ、いや。
「……あーん……」
「あ、はい。……あーん」
「はむっ、んむ」
「どう?」
「……ん、ふ……っ、おいひいでふ!」




