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「……でも、恥ずかしくなんてないです」
赤月さんはいう。
「佐藤くんは、恥ずかしくないです」
「……恥ずかしいよ。だって、こうして逃げた先で……俺はやり直すどころか、落ちぶれていたんだから」
「落ちぶれていた?」
――ああ、吐き出してしまう。気持ち悪いものを、ぶちまけてしまう。
「赤月さんに……会う前の俺は、ひどかった……今さえ楽しければいいと思って、漫画やゲーム……一日中親の金で遊びまくっててさ。……みただろ、あのキッチンや部屋の汚さ……食生活も終わってて、でもまあいずれこのまま死んでもいいかなとも思ってたんだ……だって、こんな俺に明るい未来なんてあるわけ無いから。俺には、何もない……だから、もう良いかなって」
「そんなことありません」
「あるさ」
「……ないです」
「赤月さんに俺の何がわかるんだ」
「わかりますよ」
「……だから、なにが」
恥ずかしい。
「……佐藤くんは、初めての映画で手を引いてくれました」
「それが」
「佐藤くん手に汗かいてて、多分……握ってくれたのも、勇気がいったんじゃないですか……?なのに、私がはぐれたりしないように、手を繋いでくれた」
「そんなこと」
「プレゼントもくれました。この髪飾り。これを渡すときも、すごく怖かったんじゃ……」
「……」
「しかも、男子を拒絶していて、普段から態度の悪かった私に対してなら尚更です。……頑張って、お礼をしてくれたんですよね」
「だからなんだ」
「佐藤くんは優しい人だということです。高校で再会するよりも前から、私はあなたのことを知ってます」
「……俺には優しさがあるっていいたいのか?そんなの他の人にだってあるだろ」
「それは、そうですね。でも、私にくれたのは佐藤くんですよ」
「たまたまだろ、そんなの……あの時だって、たまたま蹲る赤月さんをみつけたから」
「たまたまじゃないです。佐藤くんは、見つけてくれました……あの公園で、ひとりぼっちだった私を」
――初めてみた赤月さんの顔が鮮明に思い出された。
涙を浮かべ、公園の隅で膝を抱えていた。
「あの時、佐藤くんはいってました。みつけた、と……たまたまじゃないです」
「……それは」
「姉と離ればなれで、家でも学校でも孤独だった私が、あの出会にどれほど心を救われたことか……言ってくれた言葉一つ一つ、伝わってきたあなたの優しさに、私はずっと救われていました。今の私がこうして、ちゃんと真っ直ぐでいられるのは佐藤くんがいたからなんですよ」
「でも、俺は……すぐにこうやって、ダメに」
「私がいます」
「……」
「あなたがくれた優しさで強くなれた私が、隣で支えます。ダメになりそうになったら、なんどもこうして隣で寄り添って……なんどもなんども、あなたがくれた優しさを返していきますよ」
「……こんな、俺なんかに」
「俺なんかではありません。その言い方は、佐藤くんを好きになった私に失礼です」
「でも」
「ネガティブ禁止です!」
――ふわりと赤月さんの香りがした。
柔らかい温度と、優しさに包まれる。
髪を撫でる震える指先。
「……あの日、なにも告げずに消えた私にこんなこという資格はないです……でも、許されるなら」
ぎゅうっと俺の頭を抱きしめる。
「……これからの人生、佐藤くんとあの月をみていたいです」
聞こえる心音がそれが嘘ではないことを教えてくる。
……赤月さんがいてくれたから、俺は立ち直れた。
自堕落に過ごしていた日々で、適当な終わりを探していた俺を救い出してくれた。
けっして俺は赤月さんに見合うような男じゃないだろう。
でも、彼女がこんな俺を必要としてくれるのなら……。
「俺は、赤月さんの隣を歩けるような奴じゃない」
「……」
「でも、支えたいと思ってる」
「……」
「……この先、必ず赤月さんに見合う男になるよ。だから」
俺は赤月さんの背に手を回す。
――恥ずかしい、惨め、こんな自分が嫌いだ。
(けど……諦められない)
彼女は、俺を肯定してくれて好きだと言ってくれる。
(だったら、自分を変えてみせる)
赤月さんがいてくれるのなら、きっと俺はこれからも変わることが出来る……だから、
「赤月さん、好きだ。俺と……付き合ってください」
俺も、許されるのなら……赤月さんを、隣で支え続けたい。




