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「……それで、私はこの町を去りました。あの時は、本当にすみません……ずっとずっと、謝りたかったんですが……ごめんなさい」
そんな事情が……。
予想以上の出来事が知らないところで起こっていて、呆気にとられる。
赤月さんがそんな辛いくて悲しい目にあっていただなんて。
けど、それじゃあ……なんで再会したときに話してくれなかった?
「じゃあ、なんで……高校で再会したときに」
「その時には私の体は完全に吸血鬼のものになっていました。……なので、近づくことができなくて。ほんとは話しかけたかったですよ。佐藤くんをみつけたとき、本当に嬉しかったですから」
吸血鬼の体……男に近づけば、吸血衝動で襲いかかってしまう……確かにそれなら、話しかけることは……。
……いや……っていうか……。
「……嬉しかった……?」
「はい……嬉しかったです、とっても。……私、佐藤くんのこと本当に好きだったので。でも、佐藤くんは私に気が付かなくて悲しくなりましたけど」
「あ……それは、ごめんなさい……」
「いえ、大丈夫です。最初はあの件で嫌われているものだとばかり思っていました。いきなり消えた私に対して怒りを覚えていてもなにも不思議じゃありませんし……だから、怒っていて無視されているのかと」
まあ、あの時は怒りはあったかな……けど、高校入学時は……記憶が。
「すまん、俺は……その頃、記憶が」
「そう、それです。よくよく佐藤くんをみていたら私に怒っているのではなく、そもそも私に気がついていないのでは……と思い当たりました」
「悪い、忘れていたんだ。ほんとすまない」
「いえ、それは良いんです。覚えていてくれたとしても、この体質的にもう近づくことはできないと思っていたので……けど、それよりも私は心配でした」
「なにがだ?」
「佐藤くん、私と関わるようになるまで、周囲に対して壁があったというか……近寄るなという雰囲気がすごくて、周囲からはとても怖い印象でしたよ。佐藤くんは以前、自分で言われていた空気でなんか全然なかったです」
怖い印象か……いや、俺から目線だと赤月さんの男に対する塩対応も結構なものだったと思うが……まあ、あれの理由は体質のせいだったとわかったからな。
けど、そうか。まあ、そうだよな……周囲の連中からすれば俺がどうしてそうなったのかわからないからな。そりゃ、意味がわからないし怖いか。
「……まあ、そんな雰囲気はだしていたかもな。一人が好きだったし、友達もつくろうとは思わなかったから」
「それって、なぜなんですか」
「なぜって?」
「佐藤くん、中学生の頃はあんなに友達も多くて、明るかったのに……」
「それは……」
理由を、話すのか?
あのあと俺に起こったこと。
いじめられて、逃げてきたことを?
俺は目を逸らす。
そんなことを彼女には知られたくないという気持ちが大きくなっていた。
いじめられて逃げたなんて、恥ずかしすぎるだろ……。
あれだけイキっといて、調子に乗ってた奴が、ちょっと攻撃対象になってしまったからって。
きっと、赤月さんも……それを知れば、幻滅する。
「大丈夫ですよ、佐藤くん」
「……え」
「私には前科があります。あなたを一人おいていってしまったこと、返事をしないまま……ずっと待たせてしまっていたこと。なので、大概のことは受け入れられます。勿論、罵倒していただいても」
「そんなことしないよ……できるわけない。思い出したんだ、俺が赤月さんをどれだけ好きなのか」
「……思い出した、ですか」
「ああ、思い出した。俺は、嫌な記憶を忘れるためにあの町に来たんだ。親に無理をいって、全部を一から始めるために」
「……私の、せいで……」
「いや、違う」
喉が変な音で鳴る。
つばを上手く飲み込めない、歪な音。
頭の中がぐらぐらする。……いや、全身か。
「……俺は、いじめられていたんだ」
……言ってしまった。
聞かせたくない、俺の恥ずかしい秘密を。
赤月さんが今どんな顔で俺をみているのかわからない。
怖い、恥ずかしい、苦しい、胸が……締めつけられる。
「……」
赤月さんが言葉を発しない。
だから、俺は耐え難いこの空気を埋めるように話をしだす。
「……あのあとからずっと、俺はいじめられていた……だから、そんな自分が惨めで恥ずかしくて、忘れたかったんだ。自己暗示のようなものにかかっていたのかもしれない……高校に入った時には殆どの過去が薄れ、赤月さんのことも今の今まで忘れていた」
「……すみません」
「……」
「その辛い記憶を、思い出させたのは……きっと、私ですよね」
「……そうだな」




