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88 赤月 蘭


夜空に咲くいくつもの花々。大きな音が全てを掻き消し、私の小さな声なんて今は彼に届かない。


だから、花火が全て終わったら、いつまでも一緒に月をみていたいですと、そう答えようと思っていた。


光に照らされる、佐藤くんの横顔。


愛おしい気持ちと、照れくささがせめぎ合う。


花火がやけに美しくみえる。


――その時、スマホが震えた。


着信は家の番号から。


そして、姉からの着信もいくつか入っていた。


……なにかあったんだ……。


このスマホは姉のものだから、家からの着信は姉への用事なのかもしれない。けど、姉からかかってきてるのは緊急の用件である可能性が高い。


「……佐藤くん、私ちょっと……」


「?」


声が、花火の音にかき消される。


「……あの、ごめんなさい!」


着信に急かされるように、私は山道を走り出す。


「すぐ、戻りますから……」


ドーン、と再び空が明るくなる。その時の佐藤くんの顔は影でみえなかった。


山をおりて会話が出来そうなトイレの個室に。いくらか花火の音も遮られていて、これなら通話も出来そうだと思い、姉に電話をかけた。


「……あの、もしもし」


『ごめん、蘭ちゃん!せっかく遊んでるとこほんとに!』


「なにかあったのですか?」


『いやあ、なんかあの人たちが一度帰って来いってわけのわからんこと言い出してさ……』


「一度帰る?家に?」


『うん、悪いんだけど一回帰ろう。車なら十分もかからないし』


「……わかりました」


けど、佐藤くんにこのことは伝えておかなきゃ。


スマホから電話をかけられればよかったのだけど、連絡先は知らない。


前に番号だけ教えてくれると言ってくれた事があるけど、その時は断ってしまった。番号を知ったらたくさん電話したくなってしまうから。私の中の好きという気持ちが……歯止めが利かなくなると思ったから。


「……一度戻って……」


山道を再び駆け上がり、彼のいる場所へ。体力には自信がある。そうして花火を眺めていた場所へといくと、彼はもうそこにはいなかった。


(……あれ、どこ……)


周囲を確認してもその姿は見当たらない。


(捜さないと……いや、でも、でも……!)


携帯が震える。


もし、これで家の人の機嫌を損ねてしまったら、最悪外出禁止になるかもしれない。


そうなれば佐藤くんとは会えなくなる……それは嫌だ。


あとで捜そう……家に帰って、すぐ戻ってきて……それで謝ろう。


携帯が震えている。


「――ごめんなさい……遅くなってしまって!」


「いやいや、こっちこそごめんね蘭ちゃん!ささ、めちゃくちゃ電話きてっから急ぐぜい!シートベルト締めてな!」


「締めました!」


車が走り出す。


「……なんなんですかね、いったい」


「さあねえ。出る前もなんか様子が変だったけど、あのひとらの考えることはわからんよ……あ、ごめん。蘭ちゃんの家族なのに」


「いえ、大丈夫です」


――家である屋敷へ到着すると、そこには。


「……これ、もしかして蘭ちゃんの?」


「……」


屋敷の門の前に、私の通学用鞄や教科書等の私物が置かれていた。


車の音を聞きつけたのか、扉が開き人が出てくる。


「おかえり、蘭。それと、凛……久しぶりだね」


現れたのはこの家の次男である道広みちひろという人で、死んだ私の父の弟。


「お久しぶりです。つーか、これ……どういうことすか?」


「いやあ、二人でお祭りへ行っていたんだって?仲の良い事だね」


「や、なんの話をして……」


「なかよしならいっそ引き取ってくれないか?」


「……は?」


あんまり姉の顔もあのひとの顔も怖くてみれない。けれど、姉が怒っているのが言葉の圧からひしひしと感じていた。


「そいつ、蘭は化け物だ……君も知ってるだろう?」


「なにがいいたい」


「邪魔なんだよ。そんな化け物が出入りしているとあっちゃあ、名家と呼ばれる家の名に傷がつく……だから、おまえが引き取ってくれないか?姉なんだろ、一応」


多分、このひとは私がこういう体質じゃなくても嫌い追い出していただろう。父の事を異様に嫌っていたし、この体質が発覚するまえから冷たかった。


「一応……姉?私が?」


「ん?なんだ、やはりお前もただのポーズだったか?こんな化け物だれもいらないものな……残念」


にたりと私を嘲笑う。ここで気がつく。ここまでの全ては私にたいしての嫌がらせだったんだ。本当は追い出すつもりではなく、惨めな思いをさせるだけの。


「一応じゃねえよ」


「……ん?」


「私はれっきとした蘭の姉だ!ざけんな!」


はっきりと姉はあのひとに言い放った。この言葉の意味するところをわかっていないはずはない。勢いだけでいえる言葉でも、怒りに任せて出せる啖呵でもない。


この言葉は計り知れない姉の覚悟を表していた。


「……そうか、ではこの荷物を持っていってもらおう。しっかりと蘭の面倒をみろよ。それと、おまえが住んでるのは隣町だったな……二度とこの町に蘭をこさせるな。変な噂がたつといけない……あとは」


「うるせえな」


「……」


「言われなくても、今後お前らに蘭を関わらせるつもりはねえよ……こんな、クソみてえなやつらにはな」


「……ふん。こちらからの援助はないぞ。せいぜい頑張れ……ではな、凛、蘭」


扉が閉まりあのひとが居なくなった。


「……ごめんね、蘭ちゃん」


「え……」


「どうしても許せなくて、言っちゃった……」


「謝ること無いです。庇ってくれて嬉しかったですから……けど、凛さんに迷惑はかけられないので、あのひとに謝って許してもらいます」


「迷惑なんかじゃないよ」


「……」


「家にきなよ、蘭」


「……そんなの、無理です。学費だって払わないといけないですから」


「私がなんとかする。家に来な……っていうか来い。あんたをあいつらには任せておけない。おきたくないんだ、私が」


「……なんで、そこまで」


「なんでって、そりゃ簡単なことだよ」


「……」


「私が蘭のことが好きで愛してるから。お姉ちゃんだからだよ」


「……いいんですか……」


「うん。一緒に暮らそう……この町にはもう戻れないかもだけど、いいよね?」


「…………はい」


「よし、んじゃ荷物車に詰め込もうぜ。ってか、これ蘭のぜんぶの私物?少なくない?」


「いえ、これで全てだと思います。この家にくるときにだいたいの私物は処分しましたから」


「そうなんだ……」


「あの」


「ん?なんだい?」


「この町を出る前に、やりたいことがあるのですが」


「うん、いいよ。そんなすぐに出ていかんでもわからんでしょ」


「ありがとうございます」


それからお祭りの会場と山道から花火を眺めたあの場所をくまなく捜したけれど、佐藤くんは見つからなかった。


ただ、最後にもしかしたらいつもの公園にいるかもしれないと思って行った。けれど、そこには佐藤くんはいなくて……。


「佐藤?ああ、もう帰ったよ」


お祭りに行く前にみた佐藤くんの友達がいたので、行方をきいたら帰ってしまったと言われた。住所を教えてもらおうともしたけれど、知らないといわれ私は町をでることにした。



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