87 赤月 蘭
公衆電話で、姉へと電話をかける。家だとこの話はできない。
この頃の私はスマホも持つことを許されてなかったので、姉に連絡を取る時はこうして公衆電話を利用していた。
『もしもし……お忙しいところ突然すみません。折り入ってご相談がありまして』
『珍しいね、蘭ちゃんから電話くれるなんて。なんだい?お姉ちゃんにお願いかな?』
『はい、その……実は、こんどお祭りへ行きたいと思いまして』
『お姉ちゃんと!?まじでえ!!ひゃっほい!』
『あ……ちが、す、すみません、友達とです』
『なっ!?うわーん!思わせぶり!お姉ちゃん悲しいー!!』
『ほ、ほんとにごめんなさい』
『いいよ!なるほど、まあ大体わかった。私が蘭ちゃんと出かけるていで連れ出せばいいわけね』
『ここまでの話でわかったんですか』
『まあね!蘭ちゃんの家がどんなとこなのかは知ってるし。送り迎えはお姉ちゃんに任せな〜』
『ありがとうございます!』
そうして姉が家の人と交渉してくれて、お祭りに行けることに。そうして祭り当日。車で迎えに来てくれた姉。
「あら、普通の格好ね」
「あまり私服は持っていなくて……」
「浴衣買ってあげようか?」
「いえ、大丈夫です」
「そう?まあ、こんどいくつか服買ってあげる。あったほうがいいっしょ」
「……ありがとうございます」
「んじゃ、これ連絡ようの私のスマホ(三台持ってる)と……あとお小遣いをあげようね」
「え」
「貰ってないんでしょ?お金ないと、お祭りで遊べないじゃん」
「……ほんとにありがとうございます」
「お姉ちゃんと蘭ちゃんの仲じゃ〜ん!姉妹なんだから遠慮すんなってば。んじゃ、しゅっぱーつ!」
待ち合わせの公園。そこにはもうすでに佐藤くんがいた。
(……あれ)
複数の誰かと話をしている。けれど、車を出た私に気づくと彼は手をふってこちらへかけて来た。
「こんばんは、赤月さん!」
「こ、こんばんは」
「うわあ、赤月さんの私服可愛いなー!初めてみたけど、すごいお姉さんっぽいの着るんだな……似合ってるね!」
これは一番のお気に入りの服だった。だから褒められてすごくうれしくて、でも反面照れくさかった。私服姿を男の子に褒められることなんて、佐藤くん以外には誰もいなかったから。
「ありがとう、ございます……佐藤くんも私服新鮮です。カッコいいです」
「え、そう?ありがとう……照れるね、えへへ」
えへへ、可愛い。
「ところで、あの方々は……?」
「ああ、学校の友達。一緒に祭り行こうって誘われたんだ。でも赤月さんがいるから断った」
「え、大丈夫なんですか」
「大丈夫。俺、赤月さんと二人で遊びたいから」
「……そ、そう」
「じゃ、行こう」
この時は、手を繋ぐなんてできなかった。恥ずかしさもあったけど、あの佐藤くんの友達の前で手を繋ぐなんて勇気はなかった。
彼といると忘れてしまいそうになるけど、私は気持ち悪いと言われている人間だ。家族にも学校の人にも。そんな人間と過度に仲良くするのは、佐藤くんは気にはしないだろうけど、イメージ的にはきっとよくない。
触れそうになる手をあえてさけて、つながないように意識した。
祭り会場は多くの人でにぎわっていた。
「なにする?てか、なんかしたいことある?」
「……えっと……なにを……目移りしちゃいますね」
「だねえ。とりあえずなんか食べよっか」
「はい」
綿あめ、たこ焼き、クレープ。たくさんの種類を食べるために、割り勘をして半分こして食べた。佐藤くんはいつも食べ物を美味しそうに食べる。私はその顔をみるのが密かに好きだった。
……こんなに美味しそうに食べてくれるなら、作った人も嬉しいんだろうな。
「……ん?どうしたの、赤月さん」
顔をみていた私の視線に気がつく佐藤くん。私は慌てて目をそらし、ごまかす。
「いえ、ちょっと……人がすごいなって」
「あ、疲れちゃったか。ごめん、気が付かなくて」
「い、いえ、そんなことは……!」
「けど、確かにすげえ人だよな。……よし、じゃあそろそろ絶景スポットにでも移動しますか」
「絶景スポット?」
「裏山の方で花火がよくみえる穴場があるんだ。人もいないだろうし、そこ行こう」
「……裏山って、危なくないですか」
「ちょっと暗いけど、ちゃんと道あるし大丈夫だよ」
「……」
「あれ、もしかして怖い?」
「だ、大丈夫です」
「そっか、幽霊とかでるかもだけど大丈夫だね」
「……」
「嘘だよ」
ぺしっと軽く肩を叩く。
「あだっ、あははごめん、あからさまにビビってたからからかっちゃった!」
「許しませんよ、有罪です!」
「まじかよ!」
「まじです!」
「それどんな罰があたえられるんだ」
「またこんど一緒のお祭りに連行の刑」
「そんな幸せな刑があるのか」
「あるのです。行きますよ」
「あ、はい」
「……約束ですからね」
「わかった。しかし、刑執行の約束とはいかに……」
と、言いつつも、にやにやとする佐藤くん。そんな幸せな刑は確かにあった。なぜならその時の私は確かに幸せだったから。
暗い山道を行く。佐藤くんが先を歩き、私は彼の背を追いかける。私がちゃんとついてきているか、何度も振り返り確認をしながら、ゆっくりと彼は進む。
(……やっぱり、優しいです)
暗がりから星のような街明かりが見え始め、丘に出た。お祭り会場が遠くに見える。
「……わあ」
「すごいでしょ」
空には、月が昇っていた。
「赤月さん、月が綺麗ですね」
――ドーン、と空に花火があがった。




