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「佐藤くん、どうかしたんですか……」
俺を抱きしめながら心配そうにしている赤月さん。俺は慌てて誤魔化すように言葉を吐いた。
「……いや、なにも……ちょっと寝てて、悪夢をみただけ……心配させて悪い」
「悪夢……?」
「……ああ」
最悪のタイミングだ。よりによって明日が祭りなのに、こんな気持ちを思い出してしまうなんて。
「……赤月さん、明日の準備終わったんだな」
「あ、はい……一応扉をノックしたんですけど、うなされている声が聞こえたので入ってしまいました。すみません」
「いや、こっちこそ寝ててすまん」
「……汗、かいてますよ」
「え、ああ」
ふいに赤月さんが服の袖をつかって額の汗を拭った。その唐突な行為に俺は慌てる。
「ちょ、赤月さん……!」
「はい?」
「服汚くなるだろ」
「……どうして?汚くないですよ」
「ええ」
「佐藤くんのなら、汚くないです」
そう言って赤月さんは額を撫でた。
「……怖い夢、みたんですよね」
「え……ああ、まあ」
「怖くない、怖くない……よしよし」
優しい微笑みで俺の頭を撫でる。小さな手が繰り返し髪に触れ、不思議と心が落ち着いてきた。
……あれ……なんか、懐かしい……。
「……」
――ドーン、と……花火の光に照らされた、赤月さんの横顔が過った。
……ああ、そうか……。
俺は、この人を前から知ってたんだ。
頬に涙が伝い落ちた。
この手のひらの感触にも覚えがある。あの公園で、二人で見上げた夜空。
綺麗な月をみながら、高鳴る胸の鼓動を覚えている。
『――俺と一緒にお祭り行こう』
俺はそう言ってこの人と夏祭りに行った。
そして、花火があがるのを山の上にあがり木々の間からみていたんだ。二人で並んで、色とりどりの花火が打ち上げられ空に咲くのを。
「……赤月さんは」
「はい」
頭を撫で続けている赤月さん。慈しむような、懐かしむような……そんな表情で。
俺は言葉に詰まる。
昔の話をして確かめようとした瞬間、嫌な予感がした。
なぜ、赤月さんは今までその事に触れてこなかったのか。
またいちから関係を築こうとしたその理由は、いったいなんなのだろう。
俺を知らなかったふりをしたのは……。
「……どうかしたんですか」
「や、なんか……不思議だなって」
「なにがです?」
「赤月さんにこうして撫でられていると気分が落ち着く……やっぱり魔法使いだな」
「魔法使い……」
きょとんとする赤月さん。
「それならば佐藤くんも魔法使いですね」
「……え?」
「私も、佐藤くんに触れられると安心しますよ……手を繋いだり、抱きしめてくれたり、とても安心するのです」
「そうなのか」
「そうなのです」
にんまりと微笑む赤月さん。言っている事はもう恋人同士のそれだった。彼女はそれには気がついているのか、それとも気が付かないふりをしているのか……わからかいけれど。
確かなのは、中学の頃……あの花火をみたあと俺は彼女に告白をし振られていたということだけだった。
目に焼き付いた、走り去っていく彼女の背中。
サヨナラの言葉すらなく、消えた人。
(……つまり、この関係がいいということか)
昔関わりがあったのに、なにも知らないふりをして俺との関係を続けているのは、そういう事だろ。
恋人にはなれない、けど友達でいたい……って事か。




