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夏祭り前夜。俺は明日の赤月さんの浴衣姿にわくわくしながら宿題をこなす。赤月さんはどうやら浴衣の最終調整に入っているらしく、今はいない。あとでくるとは言っていたけど。
お姉さんに連絡して許可が貰えたみたいで、着ていくことを決心したようだ。ちなみにどんな浴衣なのかは教えて貰えていない。一昨日に聞いたら、当日のお楽しみだといわれた。
(……マジで楽しみだなぁ)
二人で祭り会場の出店を見て回る。想像しただけでデートみたいで幸せなんだが。
……あれ、ていうか今更だけど俺って普通の格好でいいんだよな?浴衣とか甚平とかじゃなくて良いんだよね?
ぼふっ、とベッドに背をあずけ天井を仰ぐ。
まあ、持ってないしいいか。赤月さんにも聞かれなかったし、いいよな……ていうか、この夏祭りも赤月さんが楽しむのがメインなわけで。俺の格好がどうとか関係ないし。
わくわくする気持ちと冷静にさせる俺のリアルな現状。いくらかは成長してるとはいえ、基本的にはあまり変わらない。
けど、赤月さんと仲良くなれているというのは確かだ。これは夢でも幻でもなく、現実。このチャンスをしっかりいかせるように、今持てる力を使って全力で頑張らねば。
となれば、なにかサプライズが必要かな。何か渡すか?プレゼント的な。
そういや、またお礼をしないとなって思ってたしな。……って、いやまてもう前日でしかも夜だぞ。遅えよ。
(……あれ、ていうか)
ふと感じたデジャヴ。またこないだと同じような不思議な感覚に陥った。
……もしかして、あの時もなにかプレゼントをしようとしていた?
誰かに、何かをあげようと……?
――ズキン
微かな痛みが走る。頭なのか胸なのかわからない。けれど、確かに……どこかで何かが痛んだ。
祭りで、誰かに……何をあげたんだ?
いや、あげてはいない……。
そうだ、俺は結局……渡せなかった……。
何を?
俺は、何を渡そうとして渡せなかったんだ?
(……そして、誰に渡したかったんだ?)
あの記憶の中にいた、隣にいた……あの子か?
声も忘れ、顔も朧げな一人の少女。
そもそもなぜ俺が女子と……あの頃にはもう、クラスの女子からは裏で嫌われてて。
「……ッ」
記憶の影が映像になり、複数の人間が見えた。
揺らぐ視界とあの頃の胸の痛みが蘇る。
「……は……ッ、……はあ……」
動悸が高まる。
視界が揺れる。
(……ヤバい、ヤバい……苦しい、怖い)
ベッドシーツをたぐり寄せ、包まり震える。
クラスの人間の嘲笑う攻撃的な眼。
思い出してきた、俺がこうなってしまった理由。
クラスカースト上位、陽キャのような性格から転落し、クラスカースト最下位の陰キャへとなった……あの事件を、俺は今思い出しかけている。
呼吸が、苦しい……息が……。
震えが止まらない。
シーツで視界を塞ぐ。
あの頃のように、隠れるように。
(……誰か、俺を助けて……)
――ふと、誰かの感触がした。
「……佐藤くん、大丈夫ですか」
それは赤月さんだった。彼女は俺を包み込むように抱きしめ、背を撫でてくれていた。
……なぜか、とても懐かしく悲しい気持ちに俺はなっていた。