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「そうか……だから男子が近づこうとしたら、赤月さんはあんなに威嚇していたのか」
赤月さんの綺麗な眉がぴくりと動いた。
「威嚇なんてしてないですよ。私は、普通に近づかないでって言っただけですけど」
「……え、そうなの」
「そうですよ。威嚇だなんて、そんな野蛮な真似はしません。……失礼です」
「あ、すみません」
えぇ……あれ無意識だったんだ……。
赤月さんは「けれど」と前置きをし話を続けた。
「私はこれまでずっとこの欲求を抑え続け、耐えていたので……最近は男性に少しでも側に寄られると、本当に苦しくなるようになっていました。なので、いま思えば多少は過剰に避けていたかもしれません」
あれが多少か……いや、でも気持ちはわかるか。あんな風に辛い思いをするのなら、過剰に追い払おうともするか。
(……まあ、これがホントの話ならだけども)
俺は彼女にきく。
「けどそれだけ辛いのなら、誰か男の友達でも作って飲ませて貰えばよかったんじゃないか?あの日の赤月さん死にそうな顔してたよ……そんなになるまで耐えなくてもさ」
「……最悪、死んでもいいと思ってました」
「……え?」
「死んでも血を吸いたくなかったんです。適当な誰かでこの欲求を満たすなんて、絶対にしたくは無かったので」
「……ちなみに聞くんだけど、あの日俺の血を飲むまで、他の誰かから血を貰ったことは?」
「無いです。いつもあの状態になっても耐えきってました。……まあ、あの日は今までで一番危なかったですが」
「なんでそこまで……」
そこでふと思った。例え死ぬとしても男の血を飲むことを拒んできた赤月さん。なら、なぜあの日俺の血を飲んだのだろう。
「あの、じゃあなんで俺の血は舐めたの?」
「……」
かぁーっと顔が真っ赤になった。
口がもにょっと微かに動き、やがて唇が僅かに開く。
「……あなたなら、良いかもと……思えたから」
あれだけ力強く俺の目をみて話していたのに、目を逸らした。
「あ、ごめん。なんか恥ずかしいことだったかな」
「……大丈夫です」
やばい、なんか空気がおかしくなってる。そろそろ話を纏めて終わらせよう。耐性がないからか、美人と同じ空間にいるこの緊張感もわりと辛いし。
「あー……えっと、なるほどね。理解した。あの日、赤月さんが俺に噛みついて血を舐めた理由は(ほんとかどうかは別として)そういう事だったんだな」
「はい」
「でも、なんでその話を俺にしようと思ったの?」
「なんでとは?」
「いや、ほら……自分が吸血鬼の血を引いているとか、割とファンタジーな話だろ。それを信じる人ってあんまりいないかなって。下手すりゃ変な妄想してる人みたいに思われるかもしれないし……」
(……つーか、実際に俺がそう思ってるし)
ふと、赤月さんが逸らしていた目を再び合わせてくる。ジッとこちらをみてきてちょっと怖い。え、怒ってる?
けど、気になるものは気になる。ここまでいったならもうどうにでもなれだ。最後まできいてまえ。
「だから、何がいいたいかっていうとさ、そこらへんやんわりと誤魔化してふつーにお礼言えばよかったんじゃないのかなって……」
「でも、それだと伝わりません」
「伝わらない?なにが?」
「私がどれだけあなたに感謝しているかがです。お礼って本来その気持ちが伝わってこそだと思うので」
……どこまでも真面目だな。
「私、あれから血を飲みたいって欲求がなくなったんです」
「え、そうなのか?」
「今日、学校の廊下で男子とすれ違っても全然大丈夫でした。たぶん、これならもう普段の生活でも支障がないと思います……」
そうか、男に近づけないってことはお店でも店員が男なら買い物もままならかったはず。他にも電車にもバスにも迂闊に乗れない。そんな生活をこれまでずっと続けていたのか、彼女は。
「これからは普通に生活できる……あなたが血をくれたおかげです。そして、この感謝を、気持ちを、想いを、あなたに伝えるには、私のことをちゃんと知ってもらわないといけないと思ったんです」
自分がその体質でこれまでどれだけ苦しんでいたかを知ってもらうことで、俺への感謝の大きさをちゃんと伝えようとしたってことか。なるほど。
けど、それにはそのファンタジー設定を信じてもらわなければ意味がない。……そう思った瞬間、それは口をついて言葉になった。
「……信じてもらえなくてもか?」
すると彼女は頷き答えた。
「信じてもらえないのは仕方ありません。先ほども言いましたが、こんな話を信じろというほうが難しいです。……ただ、それでも私はあなたにはちゃんと伝えたかった。信じてもらえなさそうだからといって、それを理由に諦めるというのはダメだと思たんです。なのでこうしてお話しました」
「……そっか」
「はい」
妄想であれなんであれ、この感謝しているという気持ちは本物なのだろう。でなければあれだけ避けていた異性である男の家へなんかこうして来なかっただろうし。
「その欲求はもう全くないのか?」
「はい、全然。こうしてあなたの側にいても平気なので」
「ならよかった。これからはそれに苦しめられずに生きていけるな」
「はい」
にこりと微笑む赤月の瞳は、とけた氷のように潤んでいた。
「それで、話はそれで終わりか?」
「あ、まだ……もう一つ。というかこちらがあなたにとっても本題になるかと」
「俺にとって本題?」
「私はあなたに救われました。なのでお礼をしたいと思ってます」
「いや、いまされたけど。菓子折りまでもらったし」
「足りないです」
「え?……足りない?」
「それでは受けた恩を返し足りないと思うんです」
「いや、そんなことはないと思うけど」
「私は全く足りないと思います。それにあなたを噛んで傷つけてしまいましたし……跡のこりますよね?嫁入り前なのに」
「嫁にいかねえよ」
「先のことはわかりませんよ」
「俺はお前の思考回路がわからなくなってきたよ。唐突にボケ始めるのやめて?」
びっくりするくらいナチュラルにぼけを入れてくる。俺じゃなきゃ「何いってんのこいつ?」って空気になってただろ今の。
「や、わかった。つまり赤月さんはまだお礼したりないということね。けど、こっちとしては別にしてほしいことなんてなにも思いつかない。だから別にいいよ」
「……では、ひとつ提案があります」
「提案?なに?」
「これから、毎日あなたのお弁当を作らせてはくれませんか」
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