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日が傾き始めた頃、ゲームを終え赤月さんは夕飯の準備にキッチンへと向かった。今日のメニューはチキンソテーらしい。美味しそうな鶏肉がふるさと納税の返礼品で届いたとかで……ちなみにいずれ蟹とかも来るそうだ。すげえ。
ちなみに赤月さんが料理をしている間に俺はなにをするのかというと、勉強をすることにしていた。学校で出された宿題ではなく、今の授業に追いつくための勉強である。
とはいえ、なにをどうすれば良いのかわからない俺は赤月さんにカリキュラムを組んでもらっていて、それをこなすといった感じなのだが。
……とまあ、赤月さんに色々と頼りすぎていて情けなくも思える今日この頃。だが、このままだと間違いなくもっと情けないことになるので、ここはありがたく頼らせてもらう。
でも本当に感謝しないとな。赤月さんがいなければ、俺なんか……色んな事から目を逸らして見ないふりをしてばかりだった。
(……お礼、またなにかしないと)
――お礼、何かするよ……何がいい?
ふと重なる記憶。
『……打ち上げ花火がみたいです。夏祭りの花火を、二人で』
『わかった。じゃあ、明日……』
(……あれ?俺……昔も誰かと花火をみに行く約束してた……?)
ぼんやりと忘れていた夢を何かの拍子に思い出すよう、映像が脳裏に過る。今はもう声も思い出せないけれど、誰かと約束を交わした記憶が……。
(……それで、約束通りに二人で花火をみたんだ……)
前に一瞬思い出した記憶。打ち上がる花火を約束をした誰かが隣で見上げていた。だから約束は果たされているはず。
でも、あれは誰だった?……思い出せそうで、思い出せない。
いや、思い出したくないのか……?
あと少しで記憶の蓋が開きそうな気がする。
……だが、その一方で知らない方が良いという本能的な何かも俺は感じていた。
下手に昔の記憶を掘り起こして、せっかく薄れていたいじめの記憶が蘇るなんてことになれば、今度こそ立ち直れない。
せっかくあの街から離れて新しい人生を生きられているのに、またあの頃に戻ってしまう。暗く苦しい……心を閉ざしていたあの頃に。
……そうなったら、この部屋を無理して借りて貰った意味も無くなる。ただ、父さんに負担をかけただけになってしまう。それだけはダメだ。
『――佐藤くん』
暗い夜の中、打ち上げ花火の光で微かに照らされる誰か。そしてその誰かが俺を呼ぶ声。顔も名前も、過去事すべて忘れてしまったけれど……忘れたくなかった人のような。
「――佐藤くん」
名前を呼ばれ、現実に引き戻される。
「あ、赤月さん……なに」
俺の名前を呼んでいたのは赤月さんだった。
「ご飯の準備が終わりました。……まだお夕飯までには時間があるので、先にお風呂入っちゃいますか?」
「いや、大丈夫だよ。というか今日はお風呂いいかな」
毎日俺を洗うの大変だろうし。
「……む、お風呂キャンセルですか」
「ああ」
「体調が悪いとか?」
「いや、体調が悪いとかじゃないんだけど、なんとなく……気分かな」
「そうですか、わかりました」
「ああ」
「ではお風呂へ連行しますね。キャンセルは私がキャンセルします」
「!?」
「夏場は汗を沢山かいているので、ちゃんと入らないとばっちぃですよ。入れる時は、ちゃんと入りましょう……ね?」
「……あ、ああ」
「よし、いい子です」
……いや、子供かよ。