70
「そうなんだ、知らなかった……」
「お伝えする機会もありませんでしたから。時々早めに帰らせて貰っていたのはそのためです」
「ああ、夕食後とか……」
「主に中学生のお子さんに教えさせて貰っていて……なので、教え方はわかるほうかと」
「なるほど。オンラインなら相手が男でも大丈夫だしな……」
「はい」
うらやましい。その中学生たちが……うらやましい。こんな美人さんに勉強をみてもらうとか。てか、絶対勉強にならなくない?俺なら先生である赤月さんの顔ばかりみてしまう自信がある。
「……あ、ちなみに顔は出してませんので、大丈夫ですよ」
「あ、ああ、そう」
え、心読まれた!?
「あの、佐藤くん……ひとつお聞きしたいのですが」
「……は、え?なんだ?」
つい変な妄想をしてしまい動揺してしまう俺。恥ず。
「少し答えづらいことかもしれないので、答えたくなければ言わなくて大丈夫です」
「な、なに?」
「数学以外にも苦手な教科とかあるんですか?すこし引っかかりを覚えているものとか、わかりにくいと思っているものとか……」
そりゃ、まあほとんど全てですが……。
けど、そんなカッコ悪いこと言えるか?
これから好きになってもらおうと株をあげなきゃいけないってのに、マイナスイメージを持たれるわけにいかないだろ。
「いや、数学くらい……」
「……そうですか」
すんなり嘘を信じる赤月さん。いや、本当に信じているかはわからん。クラス内でそういう情報はいきかっているだろうし、授業であてられて答えられなかったりしてるのも同じクラスだから見られている。
もともと、あれこいつ勉強できないんじゃ……くらいには思われていても不思議はない。
(……そうだ。いままで目を逸らしていたけど、多分クラスの人たちからする勉強においての俺の評価は出来ないやつなんだと思う)
いままで人と関わろうとしてこなかった、友達もつくらず人間関係をさけて生きてきた。だから、確証はないけど、多分そうだ。
でも、だから……いま赤月さんは心配してくれたのか?
だとしたら、恥ずかしい……こんな虚勢をはって、嘘をついて。赤月さんは内心どう思っているんだろう。
くだらないプライドをまもるために嘘をついた俺。
……これ、恥ずかし過ぎないか。
失望や軽蔑までとはいかずとも、がっかりされているはずだ。そうに決まっている。
「……?、どうかしましたか佐藤くん……?」
「あ、いや……」
きょとんとしている赤月さん。ふとさっきの光景を思い出す。俺の酷い点数のテスト。それを目の当たりにした彼女は引かなかった……。
教えてくれていた時もそうだ。こんなこともわからないのかという、がっかりされた雰囲気もなく楽しそうに俺に教えてくれてて……。
馬鹿にされてなかった。あんなに初歩から教えなければいけなかったのに。馬鹿にされて当然なくらいの力しかなかったのに。
(……嘘ついてて良いのか?)
変なプライドを守るためだけの、ちっぽけな嘘。たいした嘘じゃないけど、きっとこれは確かな嘘だ。
嘘、つきたくない。
「……や、ごめん」
「?」
「俺、数学いがいも壊滅的なんだ……」
「むむっ」
「……嘘ついてごめんなさい」
「いえ、別に……言いたくなければ言わなくて大丈夫と私がいいましたし。大丈夫ですよ、気にしなくて」
優しく微笑む赤月さん。慈愛の天使様かな。
「……ありがとう」
ほっと胸を撫でおろす俺。それとともにこれからは死ぬ気で頑張ろうと思った。なんとか勉強をがんばって、この底辺からはい上がる。
そして、周りからみても恥ずかしくない自分になって赤月さんに告白をするんだ。
「……あの」
「ん?」
「それを聞いてなんですが、佐藤くんにひとつ提案が」
「提案?なんだ?」
「私に佐藤くんの勉強をみさせてくれませんか」




