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――赤月さんの優しい香りが近づいて、彼女との距離はゼロになる。
はじめての柔らかさに、俺の頭の中は真っ白になった。
夢見心地というのか、現実味が全くない。
く、唇……が……触れて、これって……き、キスだよな……?
人生初めてのキス。
しかも相手はあの赤月 蘭。クラスカーストの頂点であり、誰もが憧れる美しい高嶺の白花。
唇が重なり、十数秒……ゆっくりと赤月さんが顔をあげ、自分の唇を舌で舐めた。
「……ご、ごめんなさい……血が」
「…………え?」
赤月さんが手を伸ばし、そこに置いてあったティッシュを手に取り渡してきた。
「唇、切れて……血が出てます……ごめんなさい、つい舐めてしまいました」
「あ、ああ……血が」
赤月さんが慌てて俺の上からどける。くそ、唇に全神経を集中させてて、せっかく密着してたのに体の感触が……いや、なに考えてるんだよ変態め!それとどころじゃないってばよ!
「赤月さん、怪我ない?」
「私は大丈夫です、佐藤くんの方が……血が出てる」
渡されたティッシュで口元を拭うとホントに血が出てた。心配そうな目で俺をみる赤月さん。不謹慎だが、それがとても嬉しく感じてしまう。
「ごめんなさい、佐藤くん……私の不注意で……体は大丈夫ですか?痛いところ、他にありませんか?」
「ああ、うん……大丈、いっ!?」
立ち上がろうとしたとき、腕に鋭い痛みが走った。
「……い、痛いんですか!?」
「や、痛いけど、そこまでは……だ、打撲とかかな……軽傷、軽傷」
結構、割と、かなり痛い。けど、打撲で誤魔化す。
「……本当に?嘘じゃないですよね」
ぐっ、鋭い睨みつけ。いやそりゃ誰でもこんなの嘘だってわかるよな。なんで打撲だって断定できるんだって話……。
「……わからん。けど、耐えられる……」
「病院、行きましょう」
「え、今からか!?」
「今からですよ、救急車を……」
スマホを操作しだす赤月さん。救急車!?そんな怪我じゃ、赤月さん混乱してるのか……!?
「ま、まって、救急車呼ぶ怪我じゃないから!!」
「でもっ……!」
今にも泣き出しそうな彼女の顔に俺は言葉が詰まる。
「……いや、わかった。けど、救急車はやめよう。タクシーで行ってくるよ」
「私もいきます。佐藤くん、保険証忘れないでください」
「ああ……え、赤月さんも!?」
「行きます」
思い詰めたような顔をして、彼女は部屋へと消える。えらいことになったな……もう少し俺がちゃんと受け止められていれば。
(……体、鍛えたほうがいいかな)
部屋から出てきた赤月さん。パジャマの上から外出用お思われる上着を羽織っていた。
「今タクシーを呼びました……行きましょう」
「え、まて、その格好で行くのか?」
「急がないと」
「いやいや、流石にそれはダメだろ!」
「……でも」
「ダメだよ!っていうか、タクシーくるまで時間あるからちゃんと着替えて……!」
「……わかりました、すぐに。すみません」
よほどテンパってんのか、らしくないことばかりしてるな……。




