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「……私ひとりでは、こうして遊びにくることもできませんでした。だから、ありがとうございます」
まだ映画もみてない内からお礼を言い出す赤月さん。それほどこの時間を楽しいと思ってくれているということか。
「まだ早いぞ。メインの映画も楽しんでないんだからな」
「そうですね、すみません。……そろそろ行きましょうか」
「ああ、そうだな。行こう……これ、もういいか?」
俺は赤月さんの飲み終わったジュースを指さす。
「あ、はい」
俺のカフェオレのカップと一緒にトレーへ。ゴミ箱は、と。立ち上がり辺りをみていると、赤月さんに袖をつままれた。
「あちらではないですか」
「ん……お、ホントだ。ちょっと待ってて」
「いえ、一緒にいきます」
「……そっか」
後ろをついてくる赤月さん。なるべく男と近くないルートをたどりゴミ箱のもとへ。
「なんだか、どきどきしますね」
「まあ、男性のお客さんも多いからな。土曜日だし」
「……ですね」
店を出ると人が更に増えていた。人混みが激化していて、荒波のように多くの人達が行ったり来たりしている。
お昼が近いからなのか、それとも休日のこの時間帯がいつもこうなのか、滅多に外出しない俺には知る由もない。しかし、これでは上手く男性をすり抜けていくのも難しいだろう。
(見ているだけで酔ってくるな……)
グロッキーになりかけるも、もう少しで映画の時間だ。いかねば。
「赤月さん、はぐれないようにね」
「は、はい」
彼女をみると表情があきらかに強張っていた。そりゃ怖いか、この中を通っていくのは。男とすれ違うことも怖いだろうけど、逸れる危険性のがたぶん怖いはず。
「あのさ、嫌だったらいいんだけど」
「はい……なんですか」
「俺と手を繋ぎませんか」
「手を……わかりました。……手を!?」
俺を二度見する赤月さん。目を丸くしてこちらをみている。嫌、だよな……俺も男だし、触れたら吸血衝動も高まるだろうし。あとシンプルに異性と手を繋ぐのも抵抗あるのかも。
「嫌なのはわかるよ。けど、この人混みのなか逸れたらけっこうヤバい。俺が触れると吸血衝動の問題もあるのもわかる。けど、ここを抜けて映画館についてから一度血を舐めれば……」
「……や、嫌じゃないです」
彼女の左手が俺の右手の甲に触れる。その瞬間、雑踏の音が消えた。
胸が高鳴る。
いつも血をあげる為に肌を舐められ、手を繋ぐ以上のことをしていると言えばしている。
けれど、これは何かが違う。
上目遣いで、恥ずかしそうに彼女は俺をみた。
「……よろしくお願いします」
「ああ」
俺は震えるのをなんとか堪え、小さな彼女の手をつかんだ。
(……て、手汗……大丈夫かな……)




