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食事が終わり、片付けに。洗い物を手伝わせてくれと頼み込み、最初は遠慮されてしまったがなんとか了承してもらえた。
俺が洗剤で洗い、水で流す。そして隣に待機している赤月さんに水気を拭いて棚等に片付けてもらう。二人並んでの共同作業である。
なんだろう、隣に立っているだけで幸せな気持ちになる。ずっと洗い物してたいよ。
「……あ、そうだ」
「?、どうしました」
「や、ほら今日また血を舐めたいって言ってただろ赤月さん。このあとすぐする?」
「……ぁ……」
反応が薄いな?と思い、隣をみると耳まで赤くしている赤月さんが皿を落としかけていた。
「あっ、ぶねええ!!?」
「……!」
ギリギリでキャッチし、固まる俺。手に泡ついてなくて良かった……!!
「ど、どーした?」
「……す、すみません、動揺して……」
瞳の色が紅く揺らめいている。
「だ、大丈夫?」
「……大丈夫です。ごめんなさい」
このタイミングで吸血衝動がきたのかと思ったが、ふつうに洗い物を再開している様子をみるにそういうわけじゃないようだ。
もしかして、瞳が赤くなるのは感情の昂りに反応して……?
そうしてちょっとしたハプニングがあったが、全ての洗い物が終わった。
「……えっと、血をいただいてもいいですか……」
「勿論、いいよ」
「……ありがとうございます、お風呂入ってきます……少し待っていてください」
「あ、うん」
とててて、と走り去っていく赤月さん。
……お風呂?
なんで風呂入るの?俺の肩を噛んで血を舐めるだけだよな。赤月さんが風呂入る理由ある?
いや、そうか。今日暑かったもんな、自分が汗臭いかもって気になったのかもしれん。俺はそんなの別にいいんだけど。赤月さんのなら……って、まて?
俺はどうなんだ?
俺もまだ風呂入ってないぞ?っていうか風呂はいらないとヤバいの俺の方じゃないか?
……このまま、血を舐めさせるわけにはいかねえ!!
赤月さんがお風呂から出てきたら言おう。俺も家で風呂はいってからでお願いしますって。
ぼんやりと赤月さん家の掛け時計を眺める。時計の針が猫と鼠の形になっていて可愛い。
(……兎じゃないのか)
そういやインターホンのシールも猫だよな。ひょっとして猫も好きなのか?
遠くで雨のような音が聞こえてくる。赤月さんがシャワーを浴びているんだろう。
なんか……これって、似てるな。
あのシチュエーションに。
――ブンブンブン
思い切り首を振る。
な、なに考えてるんだ……俺はっ!そんなことあるわけねえだろ!!
赤月さんは俺とは違う人種で、クラスカーストの頂点だぞ!?
俺とそんな展開……一瞬想像しそうになったけど、ありえるわけがないだろ!!
こんな、陰気で地味なモブのような俺が、あんなことそんなこと……いやどんなことー!!?
(……そうだよ、俺なんかじゃ)
そりゃ確かに一緒に居たいって思ったよ。支えてあげたいって。
でも、いまの俺なんか、むしろ支えられている部分の方が多いしさ。
勉強も掃除も、運動もなにもかも劣っているんだぞ。
そんな奴が、支えるとか一緒にいたいとか、おこがましいにもほどがあるだろ。
……けど、でも。
(いや、そうだよな……)
一緒にいられないのか、ずっとは。
……たぶん、きっといつか、赤月さんが認めた男が現れて、彼女はそいつに取られてしまうんだろう。
俺より上のやつなんて五万といるし、なんなら俺は最下層の住人だし。
取られないわけがない。
この先、おそらく赤月さんは俺以外の誰かを好きになって、今度は俺じゃなくそいつから血をもうようになって……そして、きっと俺は忘れ去られる。
……忘れられる?
――ズキン
胸の奥に鋭いなにかが走った。
深くを切りつける刃のような熱。
(……あ)
これまでの数日。
赤月さんがみせてくれた沢山の表情が脳裏を過る。
笑顔、怒り顔、拗ねた顔。
それが俺の生活から消えるのを想像した。
あ……嫌かも。
――ふと、素直な気持ちが心に滲んだ。
……そうだ……俺、あの人が居なくなったら、嫌なんだ。
『佐藤くん』
ずっと側で、俺の名前を呼んでほしい。
……他の誰かに、取られたくない。




