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ぐつぐつと煮えているすき焼き。いつぶりかのすき焼き。とんでもなくいい匂いがしてくる。しかし、その気持ちとは裏腹に鍋に敷き詰められた長ネギの群れが気になってしかたない。
鍋を挟み向かい合わせで座る俺と彼女。
赤月さんがどんどん肉を入れていく。なんか高級そうな肉にみえるけど、返礼品なんだよね?買ってないよね?
「あの、どうします?よければ私、器によそいますけど」
「え、悪いよ」
「大丈夫ですよ。というか、よそわせてほしいです」
「……なんで?」
「佐藤くんにまかせると、野菜に手を付けない気がしますから」
「そんなこと……」
「しないんですか?」
「するかもしれないんで、お願いします」
「はい、承りました」
にこっと笑ってみせる赤月さん。
完全に尻に敷かれてるってばよ。食事において全てをコントロールされてる。嫌じゃないけど。
じっとお肉をみている赤月さん。口が少しひらいていて可愛らしい。
小さく白い指先。箸をつかい、器に色々な具材をよそっていく動きすら、綺麗で魅力的に感じる。
やわらかな眼差しと、瞬きするたび動く長い睫毛。
彼女をつくるその全てが淡く、心を惹きつける。
「……どうぞ」
「ありがとう」
渡される器には焼き豆腐が少し多めに入っていた。優しい。赤月さんも自分の分をよそって、箸を持ちかえる。
彼女が手を合わせたのをみて、俺も手を合わせる。
「「いただきます」」
タイミングを合い、思わずちらりと赤月さんの顔をみる。すると彼女はくすりと微笑み、
「シンクロしましたね」
と、俺を見てこにこしていた。まるで天使のような微笑み。
「……ああ」
つい見惚れそうになり、ああ、としか言えずに俺はよそってもらったものを口へと運ぶ。ええ、照れ隠しです。どうしたらいいかもうわからん。
(……って、ん!)
「あ、めっちゃ美味い」
「!、ホントですか」
「うん、すげえ……やば」
焼き豆腐も美味しいが、肉もネギも全部美味い。味つけが絶妙に俺好みで、これはご飯が進むぜ。すでによそってくれている白米を口の中へかきこむ。
「んっ、ぐ?!」
「!?」
喉に詰まったあああー!!やべえ慌てすぎた!!
すぐに察してくれた赤月さんが、慌てて「麦茶!飲んでください!!」とコップに指さしていた。
「ん、ぐ……ふっ、はあ、はあ」
「落ち着いてたべてくださいよ、もう」
「ごめん、ごめん……めっちゃ美味しくて。いや、マジで死ぬかと思ったわ」
コップに入っていた麦茶を一気に飲み干す。すると冷蔵庫から赤月さんが麦茶の入ったポットを持ってきて、またついでくれた。ありがてえ。
「……ふっ」
ん……?
ふと赤月さんの声がして、彼女の方をみる。
「ふ、ふふ……」
彼女は肩をふるふると小刻みに震わせていた。事が事なだけに笑ってはいけないと思ったのだろう。必死に堪らえようとしていて、すごいニヤケ面になっていた。
「そ、そんなに面白かったか……?」
「……す、すみません、でも、ふふ、すっごい顔してたから……」
「お、おう……まあ、今の笑い堪えてる赤月さんの顔も中々だったけど」
「……むむっ」




