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「……ふぁ」
眠たい目をこすりいつものように机に突っ伏す。まだ二時間目が終わったばかりだというのに体力の限界を感じている。
それもこれも昨日の出来事が原因だ。赤月さんとの一件のあと、家に帰るも何も手がつかなかった。しようと思っていたゲームをしても集中できず、漫画を読もうとしても内容が頭に入ってこない。
ずっと裏庭での赤月さんとの一件がぐるぐると頭の中を巡り考え続けてしまう。
手の届かない高嶺の花。
触れることすら許されない、凍てつく氷の華。
そんな赤月 蘭に触れられたどころか舐められただなんてとてもじゃないが信じられない。夢かと思ってあのあと自分の頬を繰り返しつねったり、ビンタしたりしてみた。けど、痛みが走ろうがそれを現実だとは受け入れられなかった。
あのくっきり残った二つの噛み跡がなければ。
風呂に入るとき確認した首筋の下、肩にあった二つの小さな穴。吸い付く力が強かったのか、穴周りが赤くなっていた。
赤月さんの舌の感触を思い出し、一晩中眠れなかった。健全な男子であれば当然だと思う。そう誰も俺を責めることはできないはずだ。
ふと赤月さんの声が聞こえた。いつもの仲良し女子グループで話をしている。
ウチのクラスは学校全体でみても可愛い女子が多いと思う。あのグループも男子の人気の上位を争う美人ぞろいだ。だが、その中でも一際存在感を放つのがあのシルクのような白髪の美少女、赤月さんだ。
一挙手一投足が男女問わず視線を引き寄せる。あまり表情に変化がなく口数も少ない、クールで真面目な女子。なので人によっては面白みのない人間だと言うやつもいる。しかし、それ以上に美しさと不思議な魅力を持ち人を引き寄せる……それが赤月 蘭という人間なのだ。
寝たふりをしていると、ふと見られている感じがした。
「……」
腕の隙間から赤月らの女子グループをちらりみてみる。するとふと赤月さんと目が合い、すぐに視線を逸らされた。
今朝からずっと妙な視線を感じていたのだが、それとなく見渡してさぐっていると、それが赤月さんだということがすぐにわかった。
(……最初は勘違いかと思ったけど、やっぱり)
明らかに俺をみてくる。けれど話しかけてくるわけでもなく、ただみてるだけ。こちらが気がついて見返すと今のように目をそらし見てないふりをされる。
……や、とはいえ、こんな人の多い教室で話しかけられるとかマジで困るし嫌だから来なくていいんだけども。
もし万が一にもあの目立つ赤月に声をかけられようものなら、嫌でも目立ち注目の的になってしまう。
……俺は誰にも邪魔されず静かにひとりの世界で楽しく学生生活を終えたいんだ。ひっそりと空気のままで。
(……だから、絶対に来るなよ。フリじゃねえぞ……)
その祈りが通じたのか、無事に放課後まで何事もなく時間は進んだ。が、油断はできない……もしかすると放課後を狙って話しかけてくるかもしれん。なので俺は今日はさっさと学校を出ることにした。
あまりの素早さに若干隣の席の男子に変な目で見られていた気もするが、赤月さんに声をかけられるよりは何倍もマシだ。
あんなのに声をかけられているのを周囲にみられたりすれば、平穏な暮らしが簡単にぶっ壊されてしまう。下手すりゃ男子からの嫉妬とかあって、最悪イジメの対象にもされかねない。ましてやぼっちの俺だ、あり得ない話じゃない。
(そうなれば俺の人生のゴールデンタイムは終わり……)
学生生活に比重を置いて生きてきたのに、それは……それだけは非常にマズい。
しかしそこでふと冷静になる。学校から離れ、彼女から話しかけられる危険がなくなったからなのか、頭がクリアになっていく。
いや……まてよ?今日だっていつものように男子を避け、距離を取っていたよな。
そもそも俺じゃないんだから、赤月さんが話しかけたければすでに話しかけに来ているはず。そうしなかったってことは、やはりもう俺に関わろうとする気はないのか?
昨日のあれも体調不良の極限状態だったからで、たぶん混乱してただけ。いや噛みついてきて舐められたのはマジでよくわからんけど。
……でも、男が嫌いなままなのはみたところ間違いない。だったら別にここまで過剰に心配しなくてもいいんじゃないか。
となれば、もうあの人と話すことはない。昨日のことは考えても仕方ないし答えもでない。気にはなるが、これ以上考えるだけ無駄だ。
よし、切り替えてくか……時間がもったいないし。
「あの」
ふいに後ろから誰かに呼び止められた。いや、俺はその声色でそれが誰かを既に察知できていた。
(……マジでか)
おそるおそる、俺はゆっくり振り返る。
「……少し、お話がしたいのですが。お時間ありますか?」
噂をすればなんとやら。その声の主はやはり赤月さんだった。
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