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クソ痛え。マジでヤバい。深く肉に食い込む赤月さんの鋭い犬歯。そりゃ歯が刺さるんだから痛いのは当たり前だ。注射の細い針で刺すのとは比べ物にならない。
けど、おかしい。あの日、最初に赤月さんに血をあげた時はそんなに痛く無かったのに。
俺は必死に声をあげないよう痛みを堪える。もし痛がってしまえば、せっかくその気になってくれた赤月さんが血を舐めるのをやめてしまうかもしれないからだ。
その時、血を舐め始めた音がきこえた。ちゃぷちゃぷと赤月さんの小さな舌が、肌に触れているのを感じる。開いた口からこぼれる温かな吐息。
(……あれ)
ふと痛みが和らぎだしたことに気がつく。舐められだしてから、あの激痛がどんどんとちいさくなっていく。……もしかして、これ……赤月さんの唾液には痛みを抑える効果があるのか?
(だから前に噛まれた時そんなに痛みを感じなかったのかも……)
「……ふっ、ん……れろ、は……」
余程限界が来ていたのか赤月さんは夢中になって俺の血を舐めている。ぺろぺろと音をたて、溢れているであろう赤い液体を啜る。
俺の体に回していた腕。背にある小さな手が、シャツをぎゅうと掴む。こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど、まるで赤ちゃんみたいだな。
……って、あれ何だ……?
柔らかい唇の触れる触感が、舐め取る舌の腹が、ぞわぞわとした快感に変わり始めた。
なんか、すげえぞわぞわする……!
視界にはいる赤月さんのうなじ。なぜか異様に目を奪い惹きつけられる。シンプルにいうととてもえっちな感じにみえてしまう。
密着している体にも意識がいく。やわらくて女の子らしい小柄な肢体。押しつけられている大きな胸の感触。
なんか、急に変な気分に……なんだこれ!?
「……はむ、んむ……ぺろ、ちゅ」
だめだだめだ、ここでそんなことをするなんて。勢いで押し倒したりなんかしたら信用を完全に失くしてしまう。
耐えろ、耐えろ俺っ!!
理性の壁にひびが入った音がした。彼女の腰に手を触れてしまいそうになる。切なく、もどかしい気持ちがあふれ出しきた。
……ちょっと、触れるくらいなら……。
(はっ、まてまて!幻滅されるぞ!!)
ギリギリのところで崩れかけている壁を支える。しかし、その時、
「――……んっ、ぁ」
赤月さんの体がちいさく震えた。びくびくっとしたあと力なく、俺へ体をあずけるように体重がかかる。
(……なんだ、今の)
どうやら血を舐めるのが終わったらしい。ふと俺の欲望の高まりが薄れた。もしかして舐められてるとそういう欲求が高まるのか?……だとしたら、精神力を鍛えねば。
ぐったりしている赤月さん。前とは違い、元気になってないのが気にかかる。
「……赤月さん、大丈夫?」
こくりとわずかに頷く。けれど俺を抱きしめたまま動かない。それどころか、背後にまわされている腕に力が入っていて動けない。
……怖かったのかな。
どんどんおかしくなる体、誰かに迷惑をかけてしまうかもしれないという重圧、この体質ゆえの孤独。
そのどれもが、彼女にとって計り知れない恐怖だったに違いない。
支えたい。
俺が彼女を。赤月さんを、これから……いつまでも。
頼りない人間だけど、でもこれから彼女が困っていたら助けられるくらいの力をつけよう。
彼女の側にいるために。
「……また、ヤバくなったらいつでもいって。朝でも夜でも夜中でも、いつでも赤月さんのもとにかけつけるから」
「……めいわく、ではありませんか……」
「俺がしたいんだよ。迷惑なんかじゃない。それに、俺以外の誰かの血を舐めて欲しくない」
ぎゅっと彼女の腕の力がました。
「……そう、ですか」
「そうだよ」
「わかりました、じゃあ……私はごはん頑張りますね」
「うん。あ、ていうかさっき嘘ついたよな?これは私の妄想だとかいって」
「……っ」
「これはあれだな針千本だな」
「し、執行猶予をつけてください」
「ああ、わかった。ちゃんと反省してくれ。それで、ちゃんと俺を頼って」
「……ありがとうございます」
「うん」
「じゃあ、あの……夜」
「ん?」
耳元に口をよせ、
「……また、ぺろぺろしてもいいですか?」
彼女はそう囁いた。




