23 赤月 蘭
「……みつけた?あなた誰なんですか?」
「俺は佐藤 歩。最近この公園に可愛い女の子がいるって話をきいてね……なるほど、君がそうか。まじで可愛いわ」
「は、え……!?」
「ねね、君の名前は?何ていうの?」
「なぜあなたに教えなければいけないのですか」
「可愛い子の名前は知りたいだろ、普通」
「……っ!?」
(なんなんですか、この人……初対面で可愛い可愛いって……!)
正直嬉しかった。ずっと家族にも気味悪がられていて、可愛いだなんて一度も言われたことはなかったから。遠い昔、言葉数の少なかった無愛想な父から言われたような気もするが、覚えてない。
「んで、名前は?」
「……教えないです」
「そっか、残念」
「……早くどこかに行ってください」
「ひどい!なんでそんなこというの!」
「……」
そう言われてはじめて気がつく。無意識にでた、他人を傷つけるひどい言葉。私はいつからこうなってしまったんだろう。
「私が気持ち悪いからです」
「……え?」
「一緒にいたら、あなたまで気持ち悪いって思われます。そうしたら、凄く辛くて傷つくから……私に構わない方がいい」
このままじゃ私が嫌いなあの人達と同じになってしまう。それは嫌だ。だから傷つけてしまった理由を説明しよう。少しでも彼の今受けた言葉の痛みが和らぐように。
わけもわからないまま傷つけられるのは辛いことだから。
「でも、ごめんなさい……私、たしかに言い方ひどかった」
「ううん、いいよ!」
「そうですか、ありがとう」
彼は私の横に座った。
「でさあ、君はどうしてひとりなわけ?」
「話きいてましたか?」
とんでもない人がきてしまったなと思った。もしかして話が通じてない……?
これでどこかに行ってくれるかと思いきや、まだ会話を続けようとしてくる。私の言ったこと理解してない?話を聞いてないんじゃなくて、意味がわからなかったのかな。
「いやさあ、気持ち悪いって言われてもね。俺には気持ち悪いどころか凄く綺麗で可愛くみえるけど」
「……!」
「こんな他に類を見ない綺麗で可愛い女の子のどこが気持ち悪いのかな」
「わかった、わかりましたから……もういいので、綺麗とか可愛いは」
これ以上は耐えられない。ていうかもうすでに顔が熱いし、緩む頬が制御不能になりそう。
「……みて、私の瞳」
「ん?」
目をみせる。お母さんに薄気味悪いと言われた、薄っすらと赤い色の瞳。
「目、赤いでしょ」
「ほんとだ、少し赤い……」
「髪もみて、白髪だらけです」
「!」
今はまだ目立たないけど、もう既にその予兆はあった。私の体は変化して化物になろうとしているその予兆が。
「信じられないかもしれないけど、私は化物なんです。これから目が赤くなって、髪も真っ白に生え替わる……」
「……」
彼は驚いた表情で、言葉もでないといった様子だった。
本当はこんな話一族の人以外には話しちゃダメだと言われていたけど、でもこんな話普通は誰も信じない。それに、これを期にこの噂が広まればもう誰も私に寄り付かなくなるだろうし好都合だと思った。
「こんなのと一緒にいたら君まで気持ち悪いって思われちゃう」
「そうかな」
「そうでしょう。だから早く私から……ん?え、そうかな……?」
さっき驚いた表情をしていたのに、今はもう平然とした顔をしている。たぶん私が話したことを妄想かなにかだと思ってるんだろうか。けど、赤い目や白い髪の体の変化はみせた。話を信じなくても気持ち悪いって気持ちにはなるはず……なのに。
「そうかな、ってなんですか……?」
「いや、それ気持ち悪いかなって思って」
「気持ち悪いですよ。目が赤くて、髪が白い……化物みたいで……薄気味悪くないですか」
「まあまあ、落ち着けよ」
「落ち着かないでくださいよ!」
「いやさ、ちょっと想像してみたんだよね。目が赤くて白い髪の君を」
「……!」
「そしたらなんだか兎みたいで可愛いなって」
「……!?」
兎みたいで可愛い……?
「すっごく可愛いと思うよ。赤い目をした白髪の美女。漫画とかの兎の擬人化みたいな感じでさ」
「……いや、でも気持ち悪いって……私、薄気味悪いって言われてて……」
「そんなことないよ。今きみとこうして対面してるけど、俺は君をそんな風には思わないし。っていうか君の容姿は可愛いって思う人の方が多いと思うけど」
真っ直ぐな言葉が私の心を揺らす。
「君は、実は自分のことを知らないんじゃない?」
「自分のことは知ってる……だから、嫌いなんです。この不気味な赤い瞳も、みずぼらしい白髪も」
「そうかな?俺からみた君の瞳はルビーの宝石みたいに綺麗だけど」
「ほ、宝石……?」
「うん、深い色した紅い宝石みたい」
顔が発熱しているのを感じた。いま額に氷をのせたらとけて蒸発するに違いない。
「髪だってそうだよ。全部白くなったら、たぶん凄く綺麗だと思う。冬の夜に輝く雪みたいに綺麗になるんじゃないかな」
「……」
「君はきっと、白髪で赤い目の綺麗で可愛い人になるよ」
――その言葉をお守りにして私はこれまで頑張ってきた。
呼吸が苦しい。意識がとびそうになる。でも手放してはいけない。たぶん、意識がなくなれば私の中の誰かが勝手に人を襲い血を啜ってしまう。
蹲り、耐える。けれどもうそれにも限界が来ているのは明らかだった。
意識が途切れはじめた。
「……佐藤、くん……」
気がつくと口走っていた彼の名前。
今はまだ授業中でくるはずなんてない。
けど、あの始めて血をくれた日と同じく、私は彼の名前をつぶやいていた。
現れるはずも無い、彼の名前を。
「みつけた、赤月さん」