epilogue
「うわっ、数学忘れたッ!」
昼休み残り五分。馬鹿みたいな雑談に、一緒になって、花を咲かすというよりも雑草を生やしていた友人・鳥喰廉理が、予鈴を聞いて突然叫んだ。
「はぁ?……ユキ、おま、数学だけは忘れ物チェックしてんのに……器用に数学だけ忘れんでも」
呆れて笑ったが、やつは慌てて聞いていない。
――と、一瞬悪寒がした。
「あ、あれー……?」
嫌な予感。慌てて自分の席に戻り、鞄を覗く。
「………つぁッ!あああ俺も忘れたぁッ!」
昨日珍しくも宿題なんてやるから!やらなきゃ良かったよ畜生!
「なぁーんだぁー、陸奥も仲間じゃーん」
妙に言葉を伸ばして話してくる。くう、ムカつく。
「とにかく隣行くぞ、ユキちゃん」
「ユキちゃん言うな!」
ばたばたと隣のクラスに無断で入る。他クラスの教室って入りづらい、が、今はそれどころじゃないから気にしない。
「ワタぁー、数学の教科書貸して!持ってんだろ置き勉マスター!」
中学からの友人であり、尚且つ中学どころか小学校からの置き勉マスターこと渡瀬秋仁は眠そうな顔を持ち上げ、文句も言わずに立ち上がる。真っ直ぐロッカーに向かうあたり、やはり置き勉していたのだろうが、これはもしやこのクラスは今日は数学ないか?
渡瀬は取られてしまったので、仕方なくもう一つの「アテ」を探す。確かこのクラスだったはず――
「あ、いた」
「何、陸奥は古井さんに借りるの?」
既にミッション・コンプリートの鳥喰は余裕顔で俺の視線を追う。
教室の後ろの方に、三人で話している集団。その中の一人が古井あずさだった。
「んー、でもあいつ置き勉派じゃないから無いかも……」
一応訊いて、駄目なら置き勉してそうな奴を紹介してもらおう、等と打算的なことを考えていた、が。
「……あれ」
古井と話しているのは、一組の男女。それは別に良い。余談かもしれないが、俺は嫉妬とかやきもちとかとは少しばかり縁遠い人間ではないかと自己分析したのは小六の頃。それは高二の今も変わらない。
じゃあ何故逡巡したか?
――話している男子が、やたらめったらイケメンだったからだ。
「どしたの陸奥」
「ちょ、イケメン無理……俺地味系だからなんかイケメンって苦手なんだ!しかもメッシュ入れてるし!話しかけずれぇー!」
「あー分かるわー。目立つ人種って話しかけれないよなっ…て、あれ?飯田ぁ?」
「飯田?」
驚いたといえばその後だ。
鳥喰は、目立つ人種が苦手と言ったそばから、普通に「飯田ぁー」と話しかけに行った。
「ちょ、ユキ?」
慌てて後を追う。
「お、廉理久しぶり!」
明らかに地味系男子と明らかに目立つ系男子が普通に話してるのって、こう、若干違和感あるなぁ。
「どしたの?」
素朴な疑問に、親指を背中へ……というか背中にいる俺へ向けた。
「こいつの付き添い」
ちょっと待てコラ。何言っちゃってんのキミ。お前も同類だろうが。
「あれ、陸奥」
「あ、陸奥だ」
「え、陸奥?」
み、陸奥陸奥連呼しないでクダサイ。というか全員で見るなよ!
今気付いたが、もう一人の女子は前野木彩子だった。
「えと、こいつ飯田鏡弥。中二ん時のクラスメート。」
にこにこしているイケメンを指して紹介する。一応軽く会釈した。
「で、こっちは陸奥宗馬。中三と今年同じクラス。」
「へー、宗馬って名前なんだ」
いかにも良い奴オーラを放ちながらそう言うのを聞き、引っ掛かる。
「あれ、なんで俺の苗字知ってんの?」
「え、だってあずさの彼氏さんだし」
あずさ?って……あ、なるほど、ソースは古井か。
「ああ……ってぇぇええぇえぇええ!?」
「な、ななななんだよ!びっくりしたな!」
「あ、いや……ごめんごめん」
いやいやいや!え、ちょ、なんで名前呼び!しかも呼び捨て!『あずさ』って!
……てか、あれ?飯田って、前に「なんで付き合ってんの」的発言した奴じゃないの?もっとこう……軽そうな!女好きそうな!大してかっこよくもない自意識過剰野郎かと思ってたのに……イケメンだよ?しかも良い奴っぽいよ?!
「陸奥……」
鳥喰は哀れむような笑みを湛えて、あっさり言った。
「飯田はさ、男女問わず友達は名前で呼ぶっつー変なとこあって」
「男女問わず、友達『は』?」
そこにいる全員がこくこくと頷く。
「あー……そうなんだ」
心の内でこっそり息をついた。古井を狙われたら、流石にこのイケメン相手には勝ち目がない。
「えーと……」
白けさせてしまった気がする。自分が騒いだのが原因な分、罪悪感を感じる。何か、何か話題は――
「……赤、好きなの?」
「え?……あ、これ?」
一瞬きょとんとしたが、すぐに心得た様子で自分の前髪の一房を摘みあげた。
前髪の向かって右あたりに、幾筋か暗めの赤が走っている。それがやたら似合うのだが。
「うーん、紅色なんだけど……皆赤っていうんだよなぁ」
顔を綻ばせる彼を見るに、外したかと思ったが、困ったような言葉は照れ隠しらしい。
「なんかね、一週間くらい前に入れたんだよ。赤メッシュだから先生に目ェつけられそうだよねって話してたの」
古井が補足を入れる。
「私が飯田の友達認定されたのもその頃だよね」
「友達認定?」
「名前で呼び始めたってこと」
何か関連があるのかと驚いて飯田を見たが、鷹揚に笑って
「それとこれとは全然関係ないんだけどねー」
と言った。
いまいち釈然としない俺を無視して、間抜けな音が響いた。
「やっべ、本鈴!……ってああああッ教科書ぉぉおお!古井!教科書!数学!」
「え、持ってない」
やっぱりね!
諦めかけたところで、目の前に数学の教科書が。
「へ」
「俺の使う?」
顔を上げると、爽やかに笑った飯田がいたきゅ、救世主!
「借りる!」
思わず引ったくるように奪って、拝みつつ走り出した。
「サンキュ!じゃあ!」
「渡瀬もじゃあなー」
挨拶もそこそこに、教室を飛び出した。
知音、完結です。
元々は鳥喰が主人公の話の番外編的なものとして書いたのですが、
思ったよりも長くなってしまい、且つ本編の方が全く進まないということで
主人公(仮)が完全なる脇役になってしまいました。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました!
コメ等いただけると励みになります^^(←ねだんな
そのうち、また別の話を書き始める予定です。




