③-6 でもそれは、とても幸せな③
その後、何度も魔物に遭遇したが攻撃や防御を経て、魔物の衰弱はグリットが担った。ティトーはすぐに魔物を視ると、コアからエーテルの状態を判断し、逆属性を突いた。
簡単な攻撃魔法を試したティトーは、すぐに初級の風と地属性の魔法を使えるようになった。水属性に至っては他の属性を少しずつ中和する形で補った為に時間がかかったが、ティトーは稀有な存在である水魔法の低級魔法もいともたやすく使いこなして見せた。
「いいぞ、ティトー! その調子だ」
「で、でも痛そうで可哀想だよ」
「そこで辞めたら、もっと痛みが増して暴走してしまう。ちゃんとコアのエーテルを平定できれば、今までの魔物たちは喜んでいただろう?」
「それはそうだけど。ねえ、どうして魔物さんはエーテルがこんなに乱れちゃってるの?」
「それは」
グリットは遠い目でセシュールが誇る、霊峰ケーニヒスベルクを見つめると、すぐにティトーに向き直った。ティトーは不安そうにしているが、取り乱すことは無い。
「大戦終結時、フェルド平原に光の柱が立ったんだ。いや、降り注いだといっていい。闇のエーテルとの興和が乱れ、それが大地のエーテルを乱してしまったんだ。魔物と呼ばれる動物たちは、エーテルに敏感でな。……フェルド共和国の獣人たちも、酷いエーテル酔いを起こしていた。暴れるやつもいたんだが、消滅させるわけにはいかないからな。ラダ族がタウ族と共に、フェルド共和国入りして、収めたんだ。お前のお兄さんはその先陣を切った」
ティトーは胸をぎゅっと抑えると、眼を閉じた。そして、そこに在るであろう銀時計を服の上から握った。重苦しい重圧が大地を支配しようと企んだが、すぐにティトーは瞳を見開くと、その瞳からは青い煌めきを放った。
「そうか。そこで、浄化じゃなくて、浄化というエーテルの平定が行われたんだね」
「そうだ」
「ルゼリア領内で噂になってた、フェルドの獣人暴動事件かなって思ったの」
「そんな事件として伝わっていたのか、あれは」
「ルゼリアって」
ティトーは俯くと、煌めいていた瞳は虚ろになり、その煌めきは鈍く色濃く落ちていく。グリットはしゃがみこむと、ティトーの肩をそっと寄せた。
泣いてはいないものの、やはり前から思っていたことが確信に変わったのだろう。
だからこそ、ルゼリア領民は他国へ出向いて生活すると、途端に移住してしまうのだ。
「なんかルゼリアだけ、おかしいんだね」
「……ルゼリアの民たちは、何も知らないだけなんだ。勝手に決めつけて、悪人を仕立て上げる」
「そうだね」
「妖精たちを含めた獣人たちを、ルゼリアの人がどう思って接しているのかは知っている。お前はそれも可笑しいと思っていたんだろう」
「うん」
ティトーは煌めきを戻しつつあった瞳で、グリットを心配させまいと微笑で見せた。妖精や獣人たちは、ルゼリア国内での扱いは罪人と変らない。差別され、軽蔑される彼らはルゼリア国には近寄らないが、ルゼリア国はそんな妖精や獣人たちの国、フェルド共和国を属国扱いし、蹂躙している。
「へへ。文化とかだけの違いじゃないんだね。こういうのって。どうして些細なことで差別、区別するんだろうって、ずっと思っていたの」
「大丈夫か。無理はするなよ。無理、したら分かるからな」
「……うん。領主さま。コルネリア様は、そんなことはしなかったから」
目線を逸らして俯いた少年は、グリットを見上げると改めて笑って見せた。
「うん、大丈夫」
「よし、それじゃあ」
「それじゃあ?」
グリットは荷物を落とすと、簡易結界バリアの書かれた布を大地に広げた。
「ここで野宿だな」
「おおおお! お泊りですね!」
「ははは。楽しみだったのか」
「うん!」
ティトーは煌めきを煌めかせると、万遍の笑みで歯を見せて笑った。
「この結界、数時間持つんですよね。教会のひとが描いてるって聞いてます!」
「そうなんだ。聖女が描いてるんだ」
「こんなに可愛い結界バリアの魔法陣なんだね」
布には狼の様な生き物が描かれているが、斜め左右の上には羽根が描かれている。
「聖獣というものらしい。今の聖女が始めたんだ。結界というか、厳密には魔物が嫌う神聖魔法が掛かっていてな。広げてから数時間しかもたないが、無駄な戦闘を避けたい旅人や商人は、これを掲げたまま旅をしているぞ」
ティトーはハッとしてグリットに振り返ると、グリットの手を両手でつかんだ。
「道中に掲げてなかったのは、魔物さんを助けるためだったんだ!」
「そうだ。まさかあんな直ぐにとは思わなかったが。さすがに怖い思いをさせたな。説明する時間があると思っていたんだ」
「ううん、大丈夫だよ! 大丈夫だったもの! それで、野宿はどうするの?」
ティトーはワクワクを抑えきれず、手を握ったまま目を煌めかせた。その瞳の煌めきが更に増していく。グリットは楽しそうにする少年に昔の主を重ねていた。
「テントは直ぐに建つから、食事に動物を狩って」
「狩って……。狩って? ……………………ええええ!! た、助けたのに!」
「いや、肉は食べるだろう?」
「そ、そうか……。そうだよね、うん……」
ティトーはリュックを下ろすと、すぐに植物図鑑を取り出した。見れば角が何か所も折られている。
「ぼ、ぼくは……。結界の周りで、僕は食べられる野草を採取してるね。その、狩るのは……」
「ああ。それは大丈夫だ。仕込みもしてくるからな」
「ごめんです」
「いや、子供にそんなことはさせられないよ。ただ、大地の恵みには感謝をして、粗末にしないようにしような」
「うん。……ありがとう」
ティトーは別に袋を広げると、本を眺めた。野草を探して入れていくつもりなのだろう。結界から離れないようにしている。が、すぐにキョロキョロして怯えている。風が草木を揺らすのだ。
「やっぱり、心配だから……」
「ぴぎゃあああああああああああああああああ」
グリットが直ぐに戻ってきたが、ティトーはびっくりして叫び声をあげた。賑やかな光景に、グリットは思わず大笑いした。
「もう! びっくりさせないで! だ、大丈夫だもん」
「でも、ほら、お前まだ六歳だろう、ぷはは」
「………………そんな笑わなくてもいいじゃん! びっくりしたんだもん。やっぱり、一緒にお願いします」
「うん。摘んだら、狩りに行ってくるからな」
「うん」
ティトーは安堵した表情を浮かべると、グリットに植物図鑑を見せてきた。この日常が少しでも安らぎとなればいい。グリットは少年から、自然と主人へと思いを馳せたのだった。