③-5 でもそれは、とても幸せな②
「あ、あったかいですか? 痛くないですか? あなたは、炎が足りてないです。だから、炎を補うのです。炎の攻撃? グリット、炎の支援はどうやったら」
「炎か、其れなら俺がやれるな」
グリッドは剣抜きを掲げると、力を溜めながら両目を閉じた刹那で、目を見開いた。
「炎の平定!」
魔物の足元の魔法陣は紅く色が変わると、すぐに魔物へエネルギーが伝わった。大地からの光の柱は、ついに魔物を浄化するのではなく、平定したのだ。魔物は原型を保ったまま、ゆっくりと横たわった。
「ティトー、すぐに治癒だ! 今度は治癒魔法が使えるぞ」
「わ、わかった!」
ティトーは魔物だったウルフの傍にしゃがみこむと、両手であたたかな光を発行させた。青白く輝く光は、バブルのように次々とウルフに注がれ、やがて金色の光をまとった。
「もう大丈夫だよ。あ、変なところはある?」
「グ・・・グルル」
「だ、大丈夫。かな? 何言ってるかわかんないけど」
「大丈夫だ。凄いなティトー、やったぞ!」
グリットはティトーを抱き上げると、強く抱きしめた。ティトーはよくわからずにグリットを惚けて見つめた。
「うわわ。何々、全然わかんないけど、大丈夫なんだね!」
やっとティトーは微笑んだところで、ゆっくりとウルフが上体を起こした。
「ウルフさん! 大丈夫? 家族が心配してるよ、大丈夫なら……」
家族と聞いたところで、ウルフは山の方へ駆けだしていった。ケーニヒスベルクからの風が柔らかく、ウルフを背を押すかのように。
「凄いぞ、ティトー! こんなこと、聖女でも出来ない!」
グリットは夢中でティトーを再び抱きしめると、頭を撫でまわした。
「わぷぷ。せ、聖女って、ニミアゼル教徒の、教会にいる聖女様?」
「そうだ。聖女はエリア浄化出来るんだ。広範囲を浄化出来るんだが、魔物は消滅してしまうんだ」
「そ、そんな。可哀想……」
ティトーがしょんぼりしたところで、グリットは漸くティトーを大地に降ろした。
「ティトーは大丈夫か?」
「うん。僕は平気。あのこ、家族の所、帰れたかな?」
「きっと帰れる。生態系が壊れてしまうから、あまり立ち入らないほうがいいし、手も触れないほうがいい」
「そうなんだね、わかった。でも、あの、さっきの子みたいに衰弱させないと、平定は出来ないの?」
グリットは、ティトーを抱きかかえるために放り投げていた剣を腰に差すと、やっちまったという表情を浮かべていた。それから改めてティトーへ向き直った。
「攻撃するのは正しくない。だが興奮していると、エーテルがより乱れて苦しみ、更に暴れ出してしまうんだ。苦しいだろうが、疲弊させてから平定する方が、効きもよくて速い」
「そ、そうなんだ……」
ティトーは魔物が駆けていった山の獣道を眺めた。もうウルフの姿は見えない。
「俺も原理はよくわからないんだ。まだ検証段階というかでな。興奮しすぎると、魔物の力も強大になって暴発し始めるんだ。魔物はそれでも、自分の乱れたエーテルを補完するために、大地からエーテルを吸収していく。そして吸い上げることで大地は荒れ果て、魔物は討伐して浄化、消滅させるしかなくなる」
「そんなの嫌だな」
ティトーは俯くと、自分の両掌を不安そうに見つめた。ケーニヒスベルクから降り注ぐ風は、柔らかに降り注いでいる。
「だろう。だから、多少怪我をさせる事になるが、衰弱させなければいけないのは仕方ないんだ」
「魔物も動物も同じく、生きていくために大地からエーテルを吸い上げるんだよね」
「ああ、それは人と同じだ。が、魔物はエーテルをいくら吸い上げても、怪我は治らないんだ。永遠にエーテルを吸い取り、大地は荒れ果てていく」
「だから治癒魔法をかけるんだね。……でも、エーテルが乱れすぎてると、魔物だろうが人だろうが、傷には効かないんだよね」
「そうだな。吸収されて、興奮させるだけだ。アンデットなら攻撃魔法だしな」
攻撃と聞き、ティトーは不安げに両掌を見つめると、首をぶんぶんと振った。
「おさらい、してもいいですか」
「もちろんだ。コアなんて視えるやつは、もうラダ族だけだからな。お前が居れば、魔物を助けながら、お前の兄さんに会いに行けるぞ」
「本当!?」
「ああ、本当だ。実を言うと、この方法を編み出したのはお前の兄だ。兄貴は治癒が不得意だから、怪我の手当ては出来ずにいたんだよ。魔物はお前に助けを乞いにやってきた様子だった。だから、待ち伏せしてたんだろうな」
「なんで僕のところに?」
「それは」
グリットは息を飲み、少年を見据えた。少年が小さな体を起こすと、めいいっぱいグリットを見上げていた。
「お前が」
グリットはティトーの頭をぽんぽんぽんすると、顔を見られないように呟いた。
「お前のエーテルが、心地よかったからだ」