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【完結】レスティン・フェレス2~暁の草原  作者: Lesewolf
最終話「ひとつのやくそくを」
214/215

⑮-10 まどろみへのエピローグ①

 控えめなノックの音が、会議室に響いた。しかし、相手は声も上げず、そのままだ。


「どうしたんだ。ティトーだろう?」

「うん……。お父さん」


 ティトーは元気のない声のまま、扉を恐る恐る開けた。くたびれた様子でドレスを着たままであり、ダンスの練習をみっちりフラー夫人に仕込まれていたのが見て取れる。髪はアップにあげられ、一つのお団子を結わいている。


「お父さん、僕、ダンスのセンスないかも……」

「なんだ、まだ初めて一日目だろう。長旅の疲れもあるんだ、今日はもう休みなさい」

「でも、ステップはちゃんと踏めないし、頭の上に置いた本も全部落としちゃうの」

「俺だってステップは踏めないし、本だって落とすぞ」

「うー」


 と言いつつ、簡単なステップを踏むルクヴァは得意げな表情を浮かべると、アルブレヒトをチラ見した。


「アルブレヒトにステップ教わるか?」

「え! アルはステップ踏めるの?」

「え……」


 二つのブルーサファイアの瞳を煌めかせ、ティトーはアルブレヒトを羨望の眼差しで見つめた。


「いや、もう。随分前だし……」

「すんごい!」

「そんな言い方してると、またフラーさんに注意されるぞ」

「今いないもん!」


 ティトーは習ったステップを踏みながら、躓いてしまった。


「わっと」

「おい、もう疲れているんだ。その辺でやめとけよ」


 アルブレヒトの支えに、ティトーは恥ずかしそうに顔を上げた。


「ありがと。うーん。もっとちゃんと、かっこよく踊れると思っていたんだけどなぁ~」

「ダンスはかっこいいというより、優雅のほうじゃないか?」

「ええー。そうなの? でもほら、ここのステップが……」

「だから、今日はもう終わりだ。ほら、夕飯になるから着替えてこいよ」

「ううー。そうする」


 ティトーはハッと気付いたようにドレスを揺らすと、ルゼリア式に挨拶をして見せた。


「お父さま、着替えてまいります」

「あーうん。着替えてこい」

「はーい!」


 すぐに駆け出していくティトーに、ルクヴァは頭を抱えた。


「お転婆だなあ。優雅の欠片もない」

「ティトーらしくていいけどな」

「うちの娘に見惚れるのは辞めろ」

「み……。なんか勘違いしてるだろ! 俺は別になにも……」

「あーそうかよ。じゃあ俺も着替えてくるから」


 そう言い残し、ルクヴァは会議室を去っていった。一人残されたアルブレヒトは、書類をまとめながらティトーのドレス姿を思い返していた。



 ◇◇◇


 夕食を終えると、レオポルトとマリアは薬の時間だと言って部屋へ戻っていった。レオポルトの容態は安定してはいるものの、一生飲み続けなければいけない薬草茶。それでもレオポルトはマリアに感謝していた。


「思っていたより、6年での進展がないようだな」

「進展も何も、あの年齢差だし。ティトーだってそんな気はないんじゃない?」

「そうは言うが……」


 マリアお手製の薬草茶を飲み干し、レオポルトはため息を吐き出した。安心したようにマリアを見つめると、そっと抱き寄せた。


「もう何よ。いきなり……」

「いきなりでも、ないだろう」

「…………もう。薬は全部飲めたのね。変わったところは?」

「身体が火照るようだ」

「え? もしかして、熱が?」


 慌てておでこに手を当てるマリアに、レオポルトは更に抱き寄せた。


「マリアが傍にいるからだ」

「レオ……。それならそう言ってよ。心配したんだから」


 ブルーサファイアとグリーンサファイアの瞳を目隠しするようにすると、マリアはレオポルトにそっと口づけた。照れたマリアの指の間から、煌めく瞳が覗き込んでいた。


「恥ずかしいから、あんまり見ないで」

「どうして? こんなに美しく愛らしいのに」

「そうやって、直ぐ恥ずかしくなることを言うんだもの……」

「それはマリアが愛らしいからだ。仕方ないだろう……」

「レオ……」


 抱擁の後に再び口付けをかわす。マリアは熱っぽいため息を吐きなが、そっと傍に置かれた写真立てにふれた。


「もっと沢山、写真をとるべきね……」

「マリアのか?」

「なんで私なのよ! ……この写真みたいに、家族の写真よ」


 マリアは写真を手に取ると、自分のことのように嬉しそうに微笑んだ。


「今は国を隔ててバラバラでも、家族なんだもの。私には出来ないから」

「何を言うんだ。マリアだって……」

「そもそも! こんなイチャイチャするなんて聞いてない! キスだって、……い、いつも突然してくるじゃない。このキス魔!」

「それは……。さ、さきほどはマリアから……」

「私、レオポルトからは何も聞いてないし、言われてもない。何の関係なのよ、私たち……。何も言わないなんて、ズルいわ」


 レオポルトはマリアを抱き寄せると、力いっぱいに抱きしめた。


「すまない。恥ずかしくて、……怖くて。それで……」

「乙女じゃないんだから、もう!」


 マリアは顔を上げると、傍に迫るレオポルトのオッドアイを見つめ、赤面させた。それでも視線を逸らすことなく、抱きかかえられながら言葉を待った。


「マリア。君との出会いは、未亡人としての襲撃だったな」

「それは……。そうね、最悪の出会いだったわね」

「それでも、俺は君に目を奪われた。美しい赤毛に、愛らしいその表情に」

「そ、そんなこと考えていたの? 随分と余裕じゃない、王子様」

「俺は王子じゃない。ただ、本当に……」


 レオポルトは視線を泳がせながら、再びマリアを見つめた。マリアは不安そうにしながらも、ただ待ってくれている。


「……マリアは俺にとって、かけがえのない存在だった。それは薬を調合してくれるからじゃない。その……」

「うん」

「いつも笑顔で、辛いことがあっても笑顔でいてくれた。何よりも、不器用な俺を信じてくれた」

「……うん」

「黒龍を許してくれたこと、黒龍と共に生きていくと決めてくれたことを、俺は……」

「…………うん。あの、レオ? あのね、そういう話じゃなくて……」


 赤面させるレオポルトは不意に視線をそらしてしまった。首筋まで赤くなり、指先まで震えている。

 マリアは家族から虐待を受けてきたという。暴力から、性的なものも含まれるという。そんな彼女は、レオポルトのキスを受け入れていた。しかし、それ以上に入り込めない壁があった。その壁を作っていたのは、どちらなのか。


「ねえ、レオポルト。私を見て」

「え? ああ……」

「私は、レオポルトのことが好きよ。傍に居てくれるし、私を大切にしてくれるもの。……感謝してるのよ」

「ま、マリア……」


 マリアは抱きかかえられながら、その腕にしがみつく様に、レオポルトの胸へ顔を埋めた。


「恥ずかしいのは、私だってそうなんだから……」

「……マリア。俺は」



「君を愛している。ずっと傍に居て欲しい」


 レオポルトはマリアが顔を上げるのを待ち、そっと指輪を取り出した。


「それ……」


 指輪の石は青と緑の宝石が埋められ、ネリネの花が掘られた指輪だった。ルゼリア国との友好を現わすかのような指輪だが、相手の瞳の色の石を受け取るという意味は、マリアでも知っている。


「ネリネの花言葉には、幸せな思い出という意味があるそうだ」

「……し、知ってるわ。それくらい……」

「…………結婚して欲しい。マリア……。愛している」

「い、色々すっ飛ばし過ぎじゃない! 私たち、まだ付き合ってもいないのに……」


 赤面させたままのマリアに、レオポルトは真剣な目で見つめた。照れくさすぎて、赤面させながらもマリアは左手をそっと掲げた。


「……もらってあげてもいいわ」

「もらうだけじゃダメだ。……どうか俺と、結婚を前提に付き合って欲しい」


 嬉しさに口元が緩むマリアは、それでもどうしても聞きたい言葉を手繰り寄せられずにいた。その気持ちを抑えることは出来ない。


「……ぁ。ああ……レオ。どうして好きだって言ってくれないのよ! ……あ、愛してくれてるのは、その。わかったから」

「軽くはないか? 君への気持ちは軽いものじゃ……」

「じゃあ何? 私が好きって言ったのは軽いって言うの?」

「いやそうじゃない……。その、好きだ。マリア。結婚して欲しい」

「ばか! ……好き!」


 抱き着いて離れないマリアの指を取ると、レオポルトはそっと左手の薬指に触れ、指輪をはめた。


「ふふ。きれいで、かわいい……」

「マリアみたいだろう」

「もう、馬鹿ね……」

「先ほどから言う馬鹿とは、地球の言葉なのか?」

「もう、ばか!」


 二人は抱きしめ合い、口づけを交わしていった。5月の夜空には星が瞬き、二人を祝福するかのように煌めいていた。

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