⑮-1 微睡からの目覚め①
最終話です。宜しくお願いします。
ティトーは早起きをした。今日にもルゼリア城を後に、セシュール城へと向かうのだ。
朝日を見ることは叶わなかったものの、まだ外は薄暗い。
「おはようございます、ティトー様。今日もお早いですね」
そんな朝早く目覚めた姫様の元に、女性騎士と数人のメイドが待機していた。女性騎士メリーナは、ルゼリア王国で初めて騎士となった女性である。今はティトーの護衛を務めていた。ティトーは正式にルゼリア国の王女として認められたのだ。
「おはようございます。メリーお姉さん。皆さんも」
「町を見ていたのですか?」
「うん。まだまだ、復興には時間がかかりそうですね」
カーテンを揺らしながら、ティトーは歯がゆさを隠した。大巫女という地位に居ながら、家を一軒建てることすら出来やしないのだ。
「……ティトー様…………」
「町が良くならないと、ミリー姉さまがお辛いから。心配しているトゥルク兄さまだって、具合が悪くなっちゃう」
ミリーことミリティア王女の起こしたクーデターはものの数日で終わった。それでも町は破壊され、人々には死傷者が出ている。
そんなミリティアの双子の弟、トゥルク王子は病弱であったものの、ティトーの回復魔法や薬草によって落ち着きを見せている。
「あれから、もう一か月も経つんだね」
「ティトー様は毎日が長く感じられておりましたか?」
「うん。やっと僕の役目がいい段階まで来ているから、あとはお母さまに任せちゃうんだ。だって、僕はセシュールに行きたいから!」
「ルクヴァ様もお待ちですよ」
「何度も遊びに来てくれたけどね!」
ルクヴァはセシュールの王でありながら、ルゼリア国に何度も足を運んでいた。愛する元妻が見つかったことも宛ら、実の娘たちが心配であったのであろう。グリフォンに跨ってやって来るため、グリフォンの到来を知らせる鐘が鳴り響くのに、ルゼリアの民も慣れてしまっていた。
「寂しいですね。本当に行ってしまうのですか?」
「……お兄さまと約束してるんだ。剣を教えてもらうの。本当は、ミリーお姉さまから教わりたかったけれど、まだ剣は持てないんですよね」
ミリティアはまだ牢に入っている。全責任を一身に受けてはいるものの、その影響力は国民からの不満へと繋がっていた。彼女を守るためにも、豪華な独房は今のミリティアにとっては安心できる居場所であった。
ミリティアの処分は謹慎であり、それは代王クラウスと王女ミラージュたっての願いであった。
大巫女でもあるミラージュの帰還に湧いていた国民に、その願いを反対するものはいなかった。だがそれは表向きである。不満のある国民から守るためにも、今は大人しく謹慎されている方が都合がいいのだ。
処分はミリティアにとっては望むものではなかったが、帰還した母親の願いを退ける気はなかった。
「すぐに出られるかもしれませんが……」
「まだ反省していたいって言っているんでしょ?」
「はい」
「これから、御挨拶に行ってもいい?」
「もちろんでございます」
「ふふふ。ありがとう、メリーお姉さん」
ティトーは自然とメリーナの手を掴むと、嬉しそうに手を握った。メリーナとも、しばしの別れとなる。
メリーナは北方アンザイン国の王女であり、それは正式に公表されてはいない。それはメリーナの意志でもあり、騎士として誓いを立てていた彼女なりの礼儀だという。
「姫様、ミリティア様は先程、丁度お目覚めになられたそうです」
独房とは名ばかりの豪華な部屋に通されたティトーは、ゆっくりと扉を開ける。メイドが開けるのが普通ではあるものの、ティトーはいつも自分に出来る事は自分でこなしているからだ。それを許しているのが現代王であるクラウスだ。ティトーにとって、祖父でもある。
「ミリティアお姉さま!」
「ティトー……。もう起きたの?」
「えへへ! 一番にお姉さまの所に来ちゃった!」
「……ありがとう、ティトー。メリーチェ様も」
「やめてください。今はメリーナという騎士です」
「わかりましたわ」
ミリティアは用意していた封書を二通取り出すと、ティトーへ手渡した。それぞれには父親であるルクヴァ、そして兄であるレオポルトの名が書かれている。
「これを、お父様とお兄様に」
「わかりましたです!」
「体に気を付けてね。また会いましょう……。といっても、まだここを出る気はないから、来てもらうことになるわ」
「うん! また来るよ!」
ティトーが手紙を大切そうに見つめていると、ミリティアは俯いたまま頭を下げた。
「お、お姉さま?」
「酷いことをしてしまって、本当にごめんなさい」
ティトーの傷は塞がってはいるものの、まだ生々しい痕が残っている。クーデター件で出来てしまった傷痕だ。
「僕は、お姉さまに剣のお稽古をつけてもらいたいなあ」
ティトーは手紙を胸ポケットにしまうと、羽織っていたケープマンとを羽織り直した。
「私の指導はメリーナ様よりも厳しいですわよ」
「はい! 練習しておきます!」
ティトーの笑顔に感化され、ミリティアからも自然と笑みが零れていく。
「大巫女として言います。ミリティアお姉さまは、もっともっと元気に生きていかなければならぬのです!」
ティトーは胸を張って答えると、手を振りながら独房という部屋から去っていった。残されたミリティアは窓のない部屋から、外を見つめる。
「どうか、あの子が幸せになれますように」
それは誰にも聞こえない、願いであった。