⑭-4 金色の獣②
『レオポルトさん、ボクと闘うの?』
「貴女が、黒龍を討つというのなら」
『マリア、黒龍を庇うの?』
「それは、でも……。でも、何かあるはずよ、解決するための糸口が!」
レンは二人を睨みつけ、しばらくそのままだった。そしてため息を吐き出した。
『どうして……。黒龍はずる賢いんだよ。二人の首を搔き切るかもしれない』
「その時はその時だわ」
「そうだな」
息の合った動きで、二人はレンを、そしてアルブレヒトを牽制した。アルブレヒトは何も言わず、行方を見守っている。
「ねえ、黒龍。私たちとも話をしてくれない?」
『…………』
「そうね。貴方は母親を求めていた。だから、信者たちは一生懸命に母親の代わりを作り出そうとしていたの。それが私よ。でも、私はレスティン・フェレスへ渡ってすぐに死んだわ。力尽きたの」
「何年もの航海の果てに、こんな素敵な星にたどり着けたの。そしてアルブレヒトだけじゃなくて、レンとも再会できた。これから私は、ミュラー夫妻とも再会出来るのよ」
マリアは微笑みながら歩み寄っていく。
「地球での暮らしは、それなりに幸せだった。でも、それは私だけの力じゃ無理だった。でもね、そこには信頼していた仲間の存在があるから、成し遂げられたの。一人じゃ何も出来なかったわ」
「そうだ。一人では何もできない。それは誰だってそうだ」
レオポルトは黒龍に背を向けたまま、刀に置いていた手を離した。立ち尽くしたまま呆然とレンを、アルブレヒトを見つめる。
「俺は過去、独りよがりだった。ルゼリアでの暮らしは俺には合わなかった。それでも、愛してくれる父親が俺を守ってくれた」
「レオ……」
身構えていたルクヴァの緊張が溶けていく。
「俺はセシュールへ渡って、セシュールで暮らした。セシュール国は、歪なほどに奇怪だった。全てが仲間であり、兄弟であり、家族だ。その教えはケーニヒスベルクが作ったものだ」
レオポルトは真っ直ぐ見据える。
「ケーニヒスベルクはいつも言っていたそうだ。皆が仲良く暮らせるように、と」
レンは金色を纏っていた獣の姿を解き、人の姿に戻った。それを見てアルブレヒトもまた、人の姿へと戻った。
「レンは闘いを好まないんでしょう? だったら、黒龍を倒すのだって、本心じゃないわ。幾ら恨んでいても、相手を倒しても、何も元には戻らない。そんなの、ただの損だわ。誰も得をしないのよ。私はどうせなら、得をして、楽しく行きていきたい」
「そうだ。どうせなら、気の知れた仲間と楽しく生きていきたいと思うだろう。黒龍には、周りに誰も居なかっただけだ」
レオポルトが黒龍に振り返った。黒龍は呆然と立ち尽くしている。
「アルブレヒトだって言っていたじゃない。生まれ出た時は一人だったって。寂しかったでしょう。苦しかったでしょう。悲しかったでしょう。その想いは、黒龍。貴方にもわかるはずよ」
「思い出すんだ、黒龍。お前は地球を見て、何も思わなかったのか? 地球は争いだけの星だと聞いている。だがレンを、アルブレヒトを見て何も感じなかったのか?」
「一人で居るのが淋しいのよね。誰だってそうだわ。狭い部屋に押し込められても、広い部屋で虐げられても、辛いことは辛いのよ。……私が傍にいてあげるわ」
「俺も傍に居よう。それで、一度知るべきだ。信頼のその先を」
レオポルトが、マリアが手を差し出した。
『あ、ああ……』
黒龍は黒い靄を解き放ち、人の姿になった。黒髪の少年は幼く、涙を流している。
「一緒に生きよう、黒龍」
「一緒に居てあげるわ。……家族になりましょう」
「なん、で……。ひどいことをしてきたのに、なんで……う、うわああ……」
黒龍は泣いた。大粒の涙を流しながら。
マリアが駆け寄ると、優しく抱き上げて頬を撫でた。黒龍は更に大泣きを始めたが、その涙をレオポルトが拭ってやった。
戦いは終わってしまった。
レンはアルブレヒトを見つめたまま、何も話さなかった。怒りの類を噛み殺しているのだろう。レンはいつもそうだった。
アルブレヒトとレンは再び獣の姿となったが、レンは九尾の狐の姿を取った。
黒龍を抱きかかえたマリア、レオポルトを背に乗せたアルブレヒトと、ルクヴァとコルネリアを背に乗せたレンは月を飛び立った。二人の傍らにはフリージアが浮遊している。
一行はレスティン・フェレスへと帰還した。