⑭-3 金色の獣①
レンを覆いつくしていた金色の光はとぐろを巻き、やがて竜のような姿となった。金色のふさふさの尻尾が生え、大きな耳が二つ。その姿は伝説の守護獣、否。守護竜の姿だった。
眩い光を放ちながら、レンは月面へ降り立った。
「麒麟……」
その姿を見て、レオポルトが声を上げる。
『そう、ボクは麒麟と呼ばれていた、竜であって竜ではないもの。神様だからね』
レンはアルブレヒトよりも大きく、そして黒龍よりも大きかった。黒龍は驚き、たじろいでいる。
『馬鹿な! 麒麟だと⁉ お前は、ただの狐では……』
『話を聞いていなかったのか? にわかファンはこれだから困るんだよね』
『……ボクはケーニヒスベルク。そしてニミアゼルと呼ばれた神だと』
アルブレヒトは眩い金色の光を受け、紅だった瞳が輝き、更に暁色の瞳を輝かせた。竜の姿で分かりにくいものの、笑っているのがわかる。
『アルブレヒトはよくやったよ。ずっとずっと頑張ってきたんだ』
『それでもね……』
『黒龍、お前をボクは許さない』
『麒麟がなんだというんだ! 俺は、我は……力を付けた黒龍だ!』
黒龍は咆哮するとすぐにどす黒い霧のブレスを放った。しかし、放った直後からそのブレスは四散していき、無となった。
『ば、馬鹿な!』
『終わりだ、黒龍』
麒麟となったレンの言葉に、黒龍は再び悍ましい程の笑みを浮かべた。
『だが、罪を犯したのは我だけではない筈だ』
『何?』
『麒麟であるレン、お前もまた、罪を犯している』
『……へえ』
レンは警戒を解かず、黒龍ににじり寄った。
『そうやって、ボクの精神を弱らせる気か』
『……アルブレヒトの両親は実に立派だった』
『な、なにを……』
『! だめだ、黒龍!』
アルブレヒトの言葉を無視するように、黒龍は言葉をつづけた。
『アルブレヒトの母親は聡明で凛としていた。だからこそ、王城が陥落する瞬間を眼にしたくはなかった。だからこそ、塔から身投げをした』
『……何を。お前、それ以上喋るなら』
『そして、アルブレヒトの父親もそうだった。息子が竜で太刀打ちできないと知りながらも、軍を率いらせて戦わせた。そして、フェルド平原でお前の亡骸ケーニヒスベルクを見つめて絶命した』
『アルブレヒトの母の名、幼名ゾフィー。そして、父親の名は……』
『やめろ!』
アルブレヒトの叫びは、既にレンの耳に入ってはいなかった。
『アルブレヒト。父親の名もまた、アルブレヒトという。奇妙なことだろう、レン』
『な、なにを……。言って……』
『もう判るだろう、レン』
『アル、こいつは何を言っているんだ。君の両親が……』
アルブレヒトは視線を逸らしてしまった。
『そう、本当なんだ。そうなんだ。生まれ変わって、レスティン・フェレスへ来ていたの。熊とゾフィー様は』
レンの金色の光が強く、それでいて淡くなっていく。
『そう、そうなんだ。知らなかった。守れなかったのは、ボクの罪だね。知らないでいた、無知の罪だ』
『そうだ、レン。お前は大罪を犯した。かつての親友二人を、お前は葬るきっかけを作ったのだ』
「何を言っているんだ、黒龍は? アルブレヒト?」
レオポルトの言葉は最もだった。ルクヴァも、コルネリアも、そしてフリージアも無言のまま、その場に立ち尽くしていた。
熊公アルブレヒト。地球で生きた辺境伯だ。そして、ゾフィーはその妻である。どちらも、レンにとってはかけがえのない存在だった。
『熊とゾフィー様は、ボクにとって恩人で、かけがえのないトモダチなんだ』
「その生まれ変わりだと? アルブレヒトの両親が?」
『アルブレヒトの様子を見るに、本当みたいだね。そうか。本当に、そうだったんだ……』
レンはそれでも、威嚇を辞めない黒龍を見つめた。
『でも。それ、可笑しな話だよね』
『レン?』
『あの二人が、自ら命を絶った?』
『そんな選択、二人がするわけがない……!』
『れ、レン……』
『だって、だって! 二人は……』
『黒龍……! お前、お前が……』
レンが爪を掲げる。強固な一撃が、黒龍を襲った。黒龍はそれをいとも簡単に回避する。
『終わりだ、黒龍! 孤独に、罪を償えええええええええええ‼』
『……‼ れ、レン……』
その時だった。
「まって!」
「待ってくれ!」
マリアとレオポルトがレンの前に立つと、マリアは黒龍の方へ向きながら両腕を広げた。レオポルトはそんなマリアを庇うように、同じく両腕を広げながらレンに対峙した。突然の光景に、フリージアは口元を手で覆った。
『マリアにレオポルト……』
「待ってくれ、レン様!」
『待つって何?』
「黒龍は、本当に何もわからない子供と同じではないのか」
『それは……』
「黒龍も落ち着いてよ。あなたはどのみち、罪を償わなきゃいけないわ!」
レオポルトの言葉、そしてマリアの言葉に、レンと黒龍は無言で二人を見つめた。
『どうしたの、マリアまで。黒龍を恨んでいたんじゃないの?』
「恨んでるわ」
レンに背を向けたまま、マリアは黒龍を見上げている。
「でも、それ以上に憐れんでる」
「俺もだ、マリア。俺たちは、お前を憐れんでいる。可哀そうな奴だと……」
『待ってよ。熊とゾフィー様がそもそもそうなったのは、黒龍の差し金でしょう。だったら……。許せないでしょう。アルブレヒト、君の両親は……』
『俺の両親の死を否定することは出来ない。それでも、間違っていなかったとは言えない! 命を絶つなど……』
『…………本当に、命を絶ったのか』
レンは無言のまま、黒龍ではなく目の前のレオポルト、そしてマリアを見つめた。
『それで、二人はボクから黒龍を庇うんだ』
レンの冷めた瞳に、レオポルトは刀に手を振れた。