⑬-8 レスティン・フェレスの守護竜①
「この姿が、この星の守護竜アルブレヒト……」
アルブレヒトの竜の姿に圧倒されながらも、レオポルトは息を飲む。紅く燃え上がるような暁色は眩く、レオポルトの頬を染め上げた。
輝く巨大な胴体は暁色に燃え上がりながら、ルゼリア大陸を照らした。
『……引かないでほしい、レオポルト』
「引くわけがない。それがお前なのだろう、アルブレヒト」
『……良かった』
振り返ることなく、アルブレヒトは目を細めた。照れながら微笑んでいるようにも見える。
「私も、竜の姿を見るのは初めてだけれど」
『そうだな、マリアにはこの姿を見せるのは初めてだったな』
「昔は竜もレスティン・フェレスには多くいたのよね。そして、守護竜はいなくなってしまった……」
『俺が死んで、長い時が経ってしまったからな』
アルブレヒトは翼を広げた。更に小さく見えるレンは、その翼に触れると口元を緩ませた。
「その姿、懐かしいよ。アルブレヒト」
大きな翼、鋭い爪の生えた手、そして大きな巨体。
竜となったアルブレヒトの姿に、レンは瞳を輝かせた。
「ああ。懐かしき気高き竜よ、アルブレヒト!」
『レン、君が生まれ変わるのを待てずに、死んでしまって悪かった』
「ううん。エーディエグレスが生まれた瞬間は、とても悲しかっただけれど。またこうして会えたもの。それに、毒を吸い込むなんて無茶は、君ならやってしまうと思っていた」
レンの言葉に、コルネリアはハッとした表情を浮かべた。コルネリアはレンを見つめるが、レンは優しく微笑み返す。
「エーディエグレスが墓標と呼ばれていたのは、アルブレヒトの墓だったからなのか?」
「そうだよ。シュタイン家は、タウ族と同じ血脈だから、伝えられていたんだと思うけれど、流石に昔のことだからね」
レオポルトは目を見開いたまま、コルネリアを見つめた。シュタイン家がタウ族と同じ血脈だとは知らなかったのだ。古の時代から存在していた、墓の守り人。大地の守護者との異名は伝えられていた通りだったのだ。
「地球からやってきたタウ族は、レスティン・フェレスのルゼリア大陸に降り立って、二手に分かれたの。セシュールと、それから今の呼び名だとアンザインにね。それからアンザインの一族がルゼリアに渡って、貴族となったんだよ。だから今のアンザインの人たちの祖は、地球人なんだ。シュタイン家にとってもね」
「そうだったのか……」
アルブレヒトの翼がレンを守るように、優しく覆い被さった。黒龍は再び息を飲み込んでいた。どす黒い瘴気が、遠く離れたフェルド平原を包み込もうとしていた。
「お話してる最中なのに。待ってくれないみたいだね」
黒龍が再びブレスを放とうとしている。
レンは身構えたが、アルブレヒトはレンを庇うように翼を掲げた。レンのアルブレヒトの視線が合わさる。
『信じてくれ、レン』
「……わかった」
アルブレヒトも息を飲み込んだ。黒龍がブレスを放つその時、アルブレヒトもまた、ブレスを放った。黒と赤が激突し、熱風となってフェルド平原を襲う。
レンは手を掲げると、その熱風を押さえつけた。
「これくらいさせてよ。……信じているよ、アル」
『ありがとう、レン』
黒龍のブレスは激突しながら、相殺されていく。無駄だと分かった黒龍は、再び翼を広げると、フェルド平原を薄暗くした。
『レオポルト、乗って……!』
「何?」
『乗れ、レオポルト!』
アルブレヒトの呼びかけに、レオポルトは紅き竜に跨った。
アルブレヒトは嬉しそうに跳躍すると、レオポルトを背に乗せたまま空へ、黒龍へと昇っていく。
黒龍は再びフェルド平原を見下ろした。
残されたレンはマリアに駆け寄ると、その腕を掴んだ。
「マリア、覚悟はできてる?」
「覚悟って……」
「マリアは、黒龍の母親として作られた。その現実と戦う覚悟だよ」
「……!! ……私は…………」
空では黒龍の一撃を躱し、刀で応戦するレオポルトの姿が見える。
「黒龍は、コアを貫けば討伐出来る。でも、それでは何も解決しないみたい。アルブレヒトは優しいから、完全に消し去ることは出来ないと思う」
「…………」
マリアは言葉にならず、震えている。
「どうなるのかは、やってみないとわからない」
「しっかりしてくれ、マリア」
「そうだ、マリア」
マリアを気遣い、ルクヴァとコルネリアも駆け寄る。
空では、戦うレオポルトの刀から火花が散っていた。
レオポルトの一撃で、黒龍は大ダメージを受けているようだった。
恐ろしい黒龍の咆哮が、大地を揺らす。
『黒龍、俺たちが月へ行くよ。そこで、直接戦おう』
「え、ちょ。何言ってるの⁉」
レンの反応が面白かったのか、アルブレヒトは無邪気な笑みを浮かべた。
『このままじゃ、バリアでは限界がある。倒せたとしても、フェルド平原が腐ってしまう』
「くっ…………」
「俺たちも行くぞ!」
ルクヴァの言葉に、アルブレヒトは再び無邪気に笑う。
「ルクヴァさんとコルネリアさんはレンに乗って下さい」
「構わないですが……。レンに、乗るとは……」
『さあ、レオポルト。乗ってくれ。マリアも』
「の、乗るって……。本当に⁉」
驚いているマリアの肩を、レンはポンと叩いた。
「ボクより、アルブレヒトの方が乗り心地がいいと思うよ!」
レンはそう言うと金色の光を放ち、やがて金色のエーテルに包まれると、大きな九尾の狐となって光から現れた。美しい白銀の毛並みに、背中には黒い十字架の模様が背負われている。
『ほら、コルネリア乗って。ルクヴァも!』
そのまま二人はレンにまたがると、レオポルトとマリアもアルブレヒトにまたがった。
『月まで行くよ、しっかり掴まっていてくれ』
アルブレヒトの呼びかけに応じ、レンもまた大地を蹴り飛ばし、宙へと浮かんだ。
◇◇◇
月。それは古くから、レスティン・フェレスを見つめていた。
古の時代からずっと空にあり続ける大きな幻影。
淡く虚ろげでいて、静かに佇む巨大な恐怖心そのもの、それが月だ。
月が常に眺める大地には、火・水・風・地の属性の加護があり、それぞれの属性エーテルが満ちているという。
その世界に光と闇が混ざり合い、様々な魔法が発明されては消えていった。
守護竜に愛された大地は、それはそれは美しかったという。
これは地球から気の遠くなるほど遥か遠く、遠いとおいせかいレスティン・フェレスを見つめていた、月との闘いでもある。