⑬-5 決戦に向けて②
「どうやら、黒龍は今晩来れないみたいだから、今のうちに寝ておこうか」
「やっぱりそうなるんじゃない! 暖かい柔らかいベッドで寝たいわ」
「マリアの為にベッドをこしらえるか」
「そうですね、ルクヴァ。マリアは私たちにとって、母のような存在であり、姉のような存在で恩がありますからね」
「やめてよ。そういうの、なんか恥ずかしいわ」
マリアの苦笑いに、ルクヴァとコルネリアから笑みが零れた。それだけ二人にとって、マリアという存在は大きな存在であったようだ。レオポルトは自身よりも親しそうに話す二人に、少しの焦りが見えた。
「交代で眠ろう、先に若い方から寝てくれ」
「若い方って……。逆で良いわよ。話したいこともあるし」
「そうか。それなら……」
マリアの言葉に、ルクヴァとコルネリアは先に眠ることになったが、聞き耳を立てていることはわかっていた。ルクヴァとコルネリアの二人は、眠る前にマリアの為に簡易的なベッドを作り上げていた。そのベッドに座り込むと、マリアはため息を吐き出すと共に、レンを見つめた。レンはたき火の炎を見つめていたが、マリアに視線を移した。
「ねえ、レン」
「うん」
「聞きたいことがあれば、答えられるわ」
「…………」
レンは一瞬悩むように俯いたが、すぐに首を横に振った。
「今聞いても、それは随分昔のことだから」
「そう言うと思った。レンは素っ気ないのよね。あの後、孤児院は無事に里親に恵まれた子供たちの旅立ちで、閉鎖されたわ」
「…………うん」
マリアはレンの反応がわかっていたように、静かに続きを話し出した。
「気にしていたものね。ミュラーさんの花屋を中心に、その後の相談やサポート体制を作っていたから、子供たちも安心していたと思うわ」
「そうなんだ。転生しているなら、ミュラー夫妻にもお礼を云わないとね」
「それから」
「うん」
マリアは幻影を見つめた。
「アルブレヒトと、ちゃんと話をして」
「…………」
「マリア、それはもう……」
アルブレヒトの言葉をそのまま抑えつけるように、マリアは首を横に振った。そのままアルブレヒトを見つめると、何度も頷いた。アルブレヒトとマリアの間に居たレオポルトも、アルブレヒトを見つめながら頷いた。
「話すべきだ」
「レオポルト……」
「全てが、黒龍の件が片付いたら、話すから。……ボクだって、話したいことはあるんだよ。何も話したくないわけじゃない」
「そう。それならいいけれど」
「アルはそれでもいい?」
「ああ」
レンはたき火を小枝でいじると、たき火は音を立てて燃え盛った。
「黒龍とボクらが戦って、人間たちはどう思うかな」
「え?」
「いや。なんでもないよ。今は万全の態勢で、黒龍を討つ必要があるね」
「弱点はあるの?」
マリアの言葉に、アルブレヒトは頷いた。それだけで、マリアは答えを予測してしまった。
「コアを狙うのね……」
「コア? コアって、魔物のと同じものか?」
「そうだよ、レオポルトさん。とはいえ、相手は竜だからね。浄化も平定も出来ないよ」
「それは、どうするんだ」
レンはアルブレヒトを見つめた。アルブレヒトは黙って頷きながら笑みを浮かべたが、その意味をレオポルトとマリアは気付いた。竜のコアとなれば、アルブレヒトの弱点でもあるのだと。
「コアを破壊する。なんらかの力で貫けば破壊できるよ。魔物と同じ原理だね。魂がエーテルを保てなくなって、四散してしまうから、形が保てなくなる」
「コアは、俺でも見ることが出来るか?」
「うん。原理的には同じだからね」
レオポルトの問いに、レンが強く頷いた。
「とにかく、今は休もう。先に眠ってよ」
「いや、ですが……。いえ、そうさせていただきます」
「うん。ボクは眠らなくても大丈夫だし、アルブレヒトはまだ夜は寝れない?」
「少し休むくらいなら出来る」
「そう。それなら休んで」
レンは何か思いついたような表情を浮かべると、悪戯そうに笑みを浮かべた。
「寝れないなら、添い寝してあげようか?」
「お前は何もわからずに、すぐそういう事を言うからな」
「わからずってなにさ! 寝れない時は添い寝してって言ってたじゃん」
「いつの話だよ……!」
「アルブレヒトは、レン様の前では昔のままだな」
レオポルトの言葉に、アルブレヒトは顔を赤らめた。
「昔も大昔だろ」
「マリアは知っているのだろう、アルブレヒトの昔。前世ではなく、子供の時の話だ」
「私が知っているのは、もう外交が出来る年齢になってからだけれど。うん、そうやって無邪気に笑ってたな、とは思う」
「よしてくれ。俺は寝る」
アルブレヒトが横になると、呆れた顔を浮かべつつ笑みを零しながら、マリアは仰向けになった。そのとなりで、レオポルトも仰向けになる。
「凄い星空だったのね」
「本当だ。マリアが気付かなければ、気付かなかった。綺麗だな」
うっとりと見つめるマリアに、レオポルトが見とれてしまう。
「二人とも、見とれてないで寝ろよ」
「アルブレヒトもね」
「そうだよ。火と監視はボクに任せてね」
アルブレヒトにとって、眠る気はなかった。それでも、パチパチというたき火の音、レンがいるという事実がアルブレヒトにとっては今までにない時間であった。そしてレンをチラ見した時に微笑み返してくれる、レンの微笑みが何よりも嬉しかったのだ。
「大昔も、こうやってたき火を囲んで眠ったな」
「そうだったね。ワッシーと一緒にね」
「俺も色々思い出していくよ。……おやすみ、レン」
「おやすみ、アルブレヒト」
そして、夜は更けていく――。
◇◇◇
早朝のまだ薄暗い時間帯に、レオポルトは目を覚ました。レンは相変わらず起きていて、たき火を小枝でつついていた。静かに視線を合わせると、視線をその横へと移す。視線の先では、アルブレヒトが空を見つめて佇んでいた。アルブレヒトはあまり眠れなかった様子ではあるものの、疲れは見えない。
「朝日くらい、二人で見てくるといい」
「起きたのか、おはよう。レオ」
「おはよう」
「だだっ広いフェルド平原で、二人で見に行っても同じものしか見えないよ、レオポルトさん」
レンは悪戯そうに笑った。たき火を再びつつこうと、小枝を手に取った瞬間、アルブレヒトはレンの手を引いた。
「見に行こう、レン」
「アル? わ、ちょっと……」
周囲はアルブレヒトの赤い瞳のように、空は徐々に染め上がっていく。二人は少し離れた所まで歩いていき、ゆっくりと空を眺めた。
青く蒼海の色の空は、やがて金色をまとう。
「地球でも、朝日を見た。それはレンであって、ティニアでもあった……」
「……うん」
アルブレヒトはレンを見ない。そのままぼんやりと空を眺めたままだ。レンは時折、月の幻影に目配せしながらアルブレヒトの言葉を待つ。しかし、アルブレヒトはそれ以上を語ることはなかった。
「黒龍は」
「うん」
「月で生まれたのか?」
「どうだろう。黒龍がいつからいたのか、ボクにもわからない。月のゆりかごを黒龍が扱えたのだとしたら、月で生まれた可能性はあると思う」
「それなら、黒龍が生まれた根源は、竜たちの亡骸か。黒龍と俺が戦っても、人間は竜同士のいざこざだと思うだろうな」
「……うん。罪を償おうとはしないだろうね」
レンはアルブレヒトを見つめると、静かに視線が合わさるのを待った。そのレンの行動に気付いたのか、アルブレヒトは漸く視線をレンへ戻した。
「ボクの知ってる話は全部話したよ。ボクが全てを知っていて、客観視でもしてると思っているの?」
「そうじゃない。ただ……」
「キミは対話がしたいんでしょ」
レンは手に持ったままの小枝を指でいじり始めた。ぽきり。音を立てて小枝が折れる。
「一度決裂してしまった関係というのは、中々元には戻らないものだよ。黒龍はキミを、そしてボクを憎んでいる。それが何故なのか、ボクにもわからないし、聞いたところで会話になるのかどうか……」
「わかっている。それでも、同じ竜なんだ」
「同じかなあ……」
月の幻影に黒い模様が浮き出始めた。どす黒い膿はやがて巨大な幻影を包み込んでいく。
「キミは優しいから」
「……そんなことはない」
「ボクにとって、それだけが不安だよ」
幻影を見つめたまま、レンは振り返った。起きていたレオポルトはマリアを起こしており、ルクヴァとコルネリアは武器を構えていた。
「黒龍が目覚めた。すぐにやってくるよ」