⑬-4 決戦に向けて①
フェルド共和国からの支援はすぐに届き、それはサーシャによるお告げによるものだと聞かされた。レンはフェルド共和国一帯に巨大な膜のバリアを展開させると、セシュール、そしてルゼリアだけではなく、アンセム地方にまでバリアを展開させた。
レンがバリアを張り終えると、一行はたき火を前に、地球での話に花を咲かせた。地球に関する知識のないレオポルトにとっては新鮮な話であった。
「じゃあ、マリアは花屋。フローリストを目指して、スイスという国に居たのか」
「ええ、そうなの。ミュラーさんにたくさん教わったわ。今でも覚えてる。ううん、思い出せたの」
「ミュラー? ミュラーって、あのミュラーか?」
「ええ? どうしてレオが、ミュラーさんを知っているの……?」
「ああ。ミランダさんも、ディートリヒも転生してレスティン・フェレスにいるぞ」
アルブレヒトの言葉に、マリアは大きな声を上げた。今までに見たことがない程に、嬉しそうな笑みを浮かべている。
「うそ! 知らなかったわ! 会いたい‼」
「マリアならそう言うと思っていたが、前は記憶がなかったからな。二人とも、マリアには会いたがっていたんだ」
「皆レスティン・フェレスで生まれ変われたのね! さすがレンの物理法則を超える、だわ!」
「ええ……。ボク、何もしてないよ」
雑談を交わしているにも関わらず、レンの視線は月の幻影を離さない。幻影は変わらずに佇んでおり、不気味なほど青白く光っていた。
「レンはいつもそうだな。何もしてない何もしてない、だ」
「大体何かやらかしてる時に、レンは何もしてないといいますからね」
ルクヴァの言葉に、コルネリアも頷く。
「いや、本当に何もしてないんだけど」
「……レン様は、地球でどうしていたんだ」
レオポルトの言葉に、レンは視線をたき火へ向けた。たき火は音を立てて燃え上がっている。
「様はいらないよ、お兄さん。……孤児院で働いてたよ」
「それはスイスという国で?」
「うん。マリアとは一緒に住んでいたよ」
「懐かしいなあ、ティニアって呼んでいたのよね」
ビクッとしたレンと、動作を止めてしまったアルブレヒトに、レオポルトが心配そうに声を掛ける。
「レン、さん」
「なんですか、レオポルトさん」
「……その、アルブレヒトとは、どうしていたんだ」
「どう? どうって言われてもなあ。ボクの壊れ具合が酷くなった頃に、マリアが出て行っちゃったから、一緒に住んでたけれど」
「え?」
固まったレオポルトに、赤面したアルブレヒトが慌てて付け加える。
「居候していただけだ!」
「え、ああ……。ええ?」
「ええー。二人ともいい感じだったのに~」
「やめてくれ、マリア。そんなんじゃない」
アルブレヒトの真面目な指摘に、場は静まり返ってしまった。
「……ボクは、アルブレヒトに酷いことをさせたから。思っている事とは違うと思うよ」
レンは月の幻影を見つめたまま、それだけを呟いた。
「レン……。それは、仕方なかったんだ」
「……悪い。そういう空気にするつもりはなかった。その、話には聞いている」
「そうなんだね。うん、まあ。壊れてしまったボクを破壊してもらったの。アルブレヒトのアルベルトにね」
アルベルト。それはアルブレヒトの前世であり、地球という星の永世中立国スイスで暮らしていた、元ドイツ軍人だ。レンが人形に改造される前に一度、ドイツのポツダムという町で出会っているものの、それ以来会う事はなかった。レンにとっては二つ前の前世だった。その時は少年の姿をしていたレンは、意図的に人形に改造され、謎の組織に潜入していた。結果的に組織は壊滅できたものの、レンは死んでしまった。
「とても懐かしいよ。ボクにとっても、ずっとずっと昔の話だから」
「そうよね。ティニアとして生きていたレンが過ごしていたのが、地球の西暦1950年。西暦1950年に出発して、ワープというか、転移魔法を使ったけれど100年くらいかかったの。本当に、長い航海だったわ」
「それでも大昔より、随分と早く来れたんだね」
「……待たせて悪かった」
アルブレヒトの言葉に、レンは漸く月の幻影から視線を移した。レンは口元だけ緩ませると、アルブレヒトと見つめ合った。レンの白銀の髪が、たき火によって金色に染まっている。その姿はまるでアカギツネのようだった。
「そんなことないよ……。ちゃんと帰ってきたんだから。約束は果たされたんだよ」
「レン……」
見つめ合っている二人だったが、レンはすぐに視線を付きの幻影へと戻してしまった。アルブレヒトもまた、月の幻影を見つめる。
「アル。月の幻影っていうのに、昔からそう言われていて、ずっとそこにあり続けていたから、俺は何も不思議には思わなかった。あれは異常な光景なんだな」
「そうだ、レオ。あれは異常な光景なんだよ。幻影という呼び名がある通り、あれは幻影なんだ。月は元々こんなに大きくない」
「うん。月も元々はレスティン・フェレスの星を守る機能の一部だった。地球からやってきた人たちが、あれを月だと呼び始めたの」
「地球からやってきた人たち……?」
レオポルトの言葉に、アルブレヒトは頷きながら答えた。それでも、月の幻影から目を離すことはない。
月の幻影。それは巨大な幻影であり、昼夜問わずそこにあり続けていた。不気味なほど大きな月は、地球から来た異邦人によって、異常であると記されるまで、日常であったという。
「俺の、罪の一つなんだ」
「アルブレヒト……。それは、ボクにとっての罪でもある」
「二人とも、どういうことだ」
「レオポルトさん。ルゼリアの血を引く者として、知っておかなきゃいけないことではあると思う。例え王子ではないといっても、それは知っておかなければいけないこと」
アルブレヒトは遠い目をしながら、月の幻影を睨みつけた。月の幻影は笑う様に、青白く輝き続けている。
「昔、レンは地球に居た狐だった。レンは珍しい白銀の狐で、十字架を背負っていたんだ。それが原因で、後の地球では捕縛命令まで出されていた。レンは献上するアイテムとして、地球で見られていたんだ」
「アルブレヒトがね、ボクを助けようとして、幻影を送ってくれた。アルブレヒトの幻影と、それからグリフォンの幻影と共に、ボクらは冒険しながら、ある時ゲートを使った」
「懐かしい話ね。ゲートを使って、レンはレスティン・フェレスへ渡ったのよね」
「うん。でも、ゲートを使って、地球人も何人かレスティン・フェレスへ訪れてしまったの。好奇心というものは、どこまでも人を刺激する」
レンは口元を緩ませると、耳としっぽをフルフルさせながら伸びをした。それでも、月の幻影から視線を移すことはなかった。見つめたまま、レンもまたアルブレヒトのように遠い目をした。
「実は、それがタウ族であり、景国、はたまたヴァジュトールの人々の祖なんだ」
「何だって……」
「皆もう忘れてしまっているがな。そこから異文化交流が始まった。ゲートは壊してしまったから、もうお互いの星を行き来出来る事は亡くなったから、渡った人々は帰れなくなったんだ」
「それを、俺が送り届けようとした。それで、地球へ向かって、帰れなかった」
「アルも辛かったんだよね」
レンは月からアルブレヒトへ視線を送った。視線はすぐに月へと戻されたが、アルブレヒトの心は熱くなっていく。
「レンは俺を迎えに来てくれたのに、俺は地球で命を落としていた。レンは地球人と協力して、タウ族たち帰還組を地球で生きていけるとうに支援してくれていたんだ」
「その支援されていた、タウ族やラダ族の末裔が俺たちの前世なんだ。なあ、ジジ」
「ジジって呼ばないでください。いつの話ですか、ヴァルク」
「そうだったのですね」
レンはレオポルトのオッドアイを見つめた。青と緑の瞳は紛れもなく、セシュール。そしてルゼリアを繋いでいる。
「レオポルトさんも、知っておいていい話だから、話したんだ。驚いた?」
「それなりに」
「そっか!」
レンは伸びをすると、尻尾がまたフルフルと震えた。その姿はまるで伝承通りのケーニヒスベルクのようだとレオポルトは感じていた。