⑬-1 再会とわだかまり①
ルゼリア大陸を取り巻く未曾有のクーデターは、失敗に終わったという。それを伝えた彼女は静かにたたずんでいた。まるで、セシュール国の霊峰ケーニヒスベルクのように。
かつて女性の姿をしていたという「王の山」は、青々として聳え立っている。美しい山には多数の部族が済んでいるだけではなく、動植物も豊富だ。命溢れるケーニヒスベルクは、昔からそこに存在していた。
「やあ。久しぶりだね、マリア」
彼女はそれだけ言うと、マリアに向かって微笑んだ。彼女こそがそのケーニヒスベルクだと、この場の誰もが知っている。
「その姿、懐かしいよ」
「何が懐かしいのよ。まったく。あなたって、いつも言葉足らずなのよね」
「ふふ、そうかもね」
彼女はマリアに向かって微笑んだ後、レオポルトへ向かってお辞儀をした。それは景国式のお辞儀であり、当然レオポルトも知っていた。腰を曲げ、膝に手を当てるように丁寧にするお辞儀を返す。
「初めまして。改めて自己紹介すると、ボクはレン。言わずもがな、セシュールではケーニヒスベルクと呼ばれている。気高き風と気高き地、そして気高き水を持って生まれた子よ」
「本当にティトーなのか?」
「ああ、うん。そうだよ。お兄さん」
レンのはレオポルトに向かって微笑んだが、アルブレヒトを見ようとはしなかった。アルブレヒトは立ち尽くしたままレンを見つめている。それでも、レンはアルブレヒトを無視するかのように、レオポルトに向かった。まるで、目に入れてはいけないかのように。
「レオポルトお兄さん、あなたが火を持てば、勝てぬものなどいないよね」
「何? どういうことだ。いやそれよりも……」
レオポルトはアルブレヒトの腕を引っ張った。呆然としていたアルブレヒトは体勢を崩すものの、驚きの表情のまま視線はレンを離さなかった。
「二人とも、まともに話をしないじゃないか。どうしてだ。念願の再会を果たしたんだろ」
レオポルトの言葉に、レンは顔色一つ変えない。アルブレヒトはレオポルトへ視線を移しながら、苦笑いを浮かべた。
「話したさ」
「いつの話だ」
間髪入れずに返ってきた返事に戸惑いつつ、アルブレヒトはさらに苦笑いを浮かべる。
「それは……。以前から、ちょっとずつレンの意識が出ていたんだ」
「何?」
「もしかして、ティトーが倒れた後、外で話していた時?」
マリアの言葉に、アルブレヒトが頷いた。レンは相変わらず無反応であり、表情は変わらない。
「ああ、そうだ」
「それなら、いいが……」
引き下がったレオポルトの前に、マリアがレンを睨みつけるように歩み出た。
「ティニア、あなた言葉足らずだって、言ってるでしょ‼ 地球で、あなたも後悔したんでしょ⁉ あいつは今、目の前にいるのよ。生きてるのよ‼ お互い、生きて存在しているの。今話さないでどうするのよ」
レンをティニアと呼ぶマリアに、レオポルトはハッとしたように口を押さえた。
ティニアとは、アルブレヒトと因縁のあった女性であるからだ。悲しい事件のことを、レオポルトはアルブレヒトから聞いて知っている。同一人物であるということは聞いてはいたものの、その事件そのものはレオポルトにとっては衝撃的なことであった。
マリアの言葉にレンは漸く反応すると、口元を緩ませた。
「マリア、君は変わったね。ううん、違うね。君はずっと、昔からそうだった。彼女から、……レイスから聞いていたよ、ラーレ。素直で、真っ直ぐだね。でも、今はそれどころじゃないんだ。黒龍の幻影一撃を入れただけだから。しばらくしたら黒龍が来るんだ」
「確かなの? 黒龍が……?」
「うん」
レンは一向に向かうと、手を広げながら説明を始めた。それでも、アルブレヒトを見ようとはしない。アルブレヒトは赤い目をレンへ向けたまま、微動だにしない。二人の隔たりを著すかのように、レンはアルブレヒトを見ない。
「アドニス司教に乗り移る形で、黒龍は教会やルゼリア王家に干渉していたんだ。でも、干渉自体は昔からあった。司教に取り憑く形で、昔から圧力をかけていたみたいだ」
レンの言葉に、ルクヴァも言葉を重ねる。
「そう、昔からだ」
「ヴァルク……」
「今はルクヴァだ。そうだろう、娘よ」
ルクヴァがレンの頭を撫でると、その耳としっぽがフルフルと震えた。
「ごめんごめん。でね、黒龍は王制を敷いた初代王ゲオルクの死後、その生まれ変わりを、地球へ拉致していったんだ。幼かった転生体は成すすべがなかった。さらに幼い王妃の生まれ変わりと、ゆりかごに眠らせていた幼い娘を人質にしてね」
「な、何てそんな惨い事を?」
「ゲオルクの生まれ変わりは、ルゼリアの古い知識を持っていた。機械人形や人造兵器の知識だよ。その作成を人質を前に強要され、幾つもの命を蝕んでしまった。その罪を償うために、地球で奔走したんだ。それが医師であるリオン。彼等は後に、この星レスティン・フェレスを目指して、無事に到着したんだ」
「目指したって……。まさか、父上も?」
レンの頷きに反応す形で、ルクヴァ、そしてコルネリアが頷き視線を合わせた。二人の友情は地球という星から、レスティン・フェレスへ来てまで続いていたというのか。レオポルトはある意味納得した様子で二人を見つめた。
「そう。その船に乗っていたんだ。我々もな」
「我々って、アルやマリアもか?」
「そうよ。長い航海だった。無事にレスティン・フェレスにたどり着いて、私たちは延命をしていたから、その命に終止符を打ったの。そして眠りに付き、再び生まれ変わったのよ」
「なんてことだ。そんな事が、実際に?」
「私たちが、その証明だわ」
マリアが笑みを浮かべる。そして、月を睨みつけた。マリアの動きに合わせ、一行も月を見つめる。
「黒龍が来るのは、明日だと言ったわね」
「うん。ボクの一撃を受けているから、すぐには動けないよ」
「黒龍って、本当に龍なのか?」
「竜だよ」
レンはそれだけ言うと、アルブレヒトを見つめた。レンの金色の瞳が潤んでいるように見える。アルブレヒトと目線が合わさり、しばしの沈黙を誘う。
「竜の力を継承したんだね、とても懐かしいエーテルを感じる」
「……記憶を取り戻すためにな」
「戦えそう?」
「戦えるさ」
「わかった。フェルド平原で戦おう。ここじゃ、被害が出てしまう。今は、君たちの王様の安否確認が必要なんじゃないかな」
レンの言葉に、コルネリアが慌てて王城へ駆け込んでいく。その後ろをルクヴァが付き添った。レオポルトにとっては、およそ13年ぶりのルゼリア王城だ。歩みを止めているレオポルトに、マリアが声を掛け、二人も王城へ入っていった。
残されたのは、アルブレヒトとレンだけとなった。