⑪-7 再びの再会の町①
―― 一方。再会の町、宿屋にて。
コンドルの足には手紙と、見覚えのある白い紐が括りつけられていた。それは、レオポルトがマリアに渡したリボンであった。アルブレヒトはその手紙を読みながら、コンドルを窓から外へ解放してやった。しかしコンドルは窓枠に止まり、返信を待つかのように留まった。
「何だって? マリアとサーシャ殿はフェルド共和国に居る⁉」
レオポルトの言葉に、アルブレヒトは頷いた。フェルド共和国といえば、ルゼリア王国との国境沿いの再会の町よりかなり北方に位置する。徒歩ではすぐに合流出来ないだろう。
居合わせたディートリヒ、そしてミランダが祈るように報告に耳を傾ける。
「グリフォンを向かわせたいが、合流できるかはわからない。怪我をしている可能性もあるからな」
怪我。その言葉にレオポルトは狼狽えたものの、すぐにそれを振り払った。アルブレヒトもまたティトーが心配なのか、心ここにあらずといった感じだ。
「ティトーはどこにいるんだ!」
「ティトーは、……ルゼリア城だという。反ニミアゼルの連中によって襲撃され、王城へ転移魔法陣で送られたと、書いてある」
「転移魔法陣? そんな高度な魔術、いったい誰が……いや、それよりも反ニミアゼルと、ルゼリア王国は繋がっていると? 他には、他には何か書いてなかったのか⁉」
アルブレヒトは白い紐をレオポルトに手渡した。心配なのは妹のティトーであるだろうが、同時にマリアも心配なのだろう。レオポルトは震える手で白い紐を受け取った。
「マリア……。無事なのだろうか」
「何も書いてないってことは無事だってことだと思うが……」
「レオポルト様、落ち着いてください。手紙によれば、反ニミアゼルの方々はティトー様に危害は加えない旨が書かれていたそうです」
メリーナの冷静な言葉にも、レオポルトの動揺は隠しきれない。
「しかし……」
「マリア…………。怪我などしてなければいいが」
「それはマリアの字だ、マリアを信じろ」
「そうか…………。すまない取り乱してしまった」
話を静かに聞いていたトゥルクは、起き上がろうと体に力を入れるものの、すぐに咳き込みながら前屈みになり、慌ててメリーナが身体を抑える。
「トゥルク様、お体に障ります」
「お祖父さまが、籠城しているんだ……。妹も、そこに居るって言うのか? ……いや」
トゥルクは青ざめたまま、レオポルトを見つめた。
「もしかしたら……、ティトーがいるから、ミリティア派はクーデターを起こしたんじゃ」
「何?」
「…………ミリーはずっと可笑しかった。僕はずっと離宮にいました。時々やってくるミリーは何かに怯えるようにしたり、月をやたら怖がったり……」
「月を?」
レオポルトは眉をひそめる。古の時代からそこにあった月を怖がるなど、可笑しな話である。
「それで言うんだ。王位継承権を脅かす存在を抹消するって……」
「……‼」
「だから、僕怖くて……」
トゥルクは怯えるように、祈るように手を合わせた。
「意図は不明だが、何らかの目的で反ニミアゼルがティトーを拉致した。そしてルゼリア城に連れ込んだため、ミリティア派が発起したと……?」
「元々、ティトーは城に召還されていた。お祖父さまがティトーを王位継承権第一位にすると、誤解したのかもしれません」
「意図的にそうした可能性があるな」
「アルブレヒト?」
アルブレヒトは拳に力を込めると、歯がゆそうに窓の向こうを見つめた。
「意図的に情報を流し、ミリティア派にクーデターを起こさせたんだ。正式発表を前に、ミリティア派は焦ったのだろう」
「何だって、そんなことを……」
「守護竜を挑発しているんだ」
「守護竜?」
トゥルクとメリーナは首を傾げるものの、レオポルトには真意が伝わった。アルブレヒトが、守護竜の化身だからだ。そして意外なことに、ディートリヒとミランダがその言葉に反応した。
「アルブレヒト様。記憶はそこまで戻っているのか」
「ああ」
「ディートリヒ殿とミランダ殿も知っていたのか」
レオポルトの言葉に、ディートリヒは力強く頷いた。
「そうか。おいアル、その守護竜を挑発して、どうなるんだ」
「抹殺だろう、守護竜の」
外からけたたましい叫び声が交錯する、そして鐘の音が再び聞こえだした。声はタウ族族長のセシリアに違いない。窓の向こうからは、グリフォンが大群をなして飛んできている。
「ルクヴァ王がお見えになる。行こう、レオ」
「……ああ。わかった」
アルブレヒトは紙に何かを書くと、コンドルの足に括り付けた。コンドルは嬉しそうに、そのまま北へ向かって空を飛んでいった。
◇◇◇
宿屋から外へ出ると、外はもう薄暗かった。アルブレヒトとレオポルトは広場に集まっていたセシュールの軍隊を眼にした。軍隊は屈強なタウ族だけではなく、ラダ族も含まれている。更には猫族であるマヌ族、虎族のメウ族。そして滅多に戦場には足を運ばない鼠族のメヌ族まで。ほとんどすべての民族兵が整列していた。遠くの者はグリフォンで、他の者は走ってきたのだろうか、息を切らせている者もいる。
最初の知らせから数刻、この速さで終結するセシュール軍を、敵に回したい国などいないだろう。
「ルクヴァ王!」
レオポルトが呼びかけると、ほっと胸を撫で下ろしたルクヴァと、すぐ横のセシリアと目が合った。首を垂れるレオポルト横で、アルブレヒトもまたお辞儀を丁寧に心がける。
「レオポルト! 無事だったか、良かった。もうルゼリア国に入ってしまったかと」
「いえ、それよりも来ていただきたいのです。こちらへ」
「うん? どうしたんだ。おい、お前ら。国境前の最期の休息だ。しっかり休んでおけ!」
ルクヴァはセリシアの肩を叩くと、セシリアは代わりにルクヴァの背中を叩いた。激励し合っているようにも見える。
「こちらです」
宿屋前ではディートリヒとミランダが跪いていた。ルクヴァは軽くお辞儀をすると、レオポルトの案内で宿屋へ入っていった。そして、およそ7年ぶりに我が子と再会を果たしたのだ。
「トゥルク!」
「父さん! と、父さん‼」
「ああ、トゥルク。こんなにやつれて……」
レオポルトと再会した時と同じように、ルクヴァはトゥルクを熱く抱きしめた。それは我が子の無事を確認するだけではなく、与えられなかった愛情を与えるかのような抱擁だった。
「父さん……! 会いたかった、父さん……!」
「ああ、トゥルク。俺もだ。よく無事だった……」
「父さん、ミリーを、ミリティアを助けて! そんなことする子じゃないんだ! きっと何か事情があるんだ」
「そうか、わかった。本当に、ミリティアがクーデターを起こしたんだな」
「は、い……」
「そうか、辛かったな……」
トゥルクは涙を流し、言葉にならない様子で泣き出した。その姿は12歳とは思えぬほどに幼い。