⑪-1 第一報を聞いて①
セシュール王国。それは奇想天外、摩訶不思議な平和の国。様々な部族民で構成され、それぞれの部族代表がセシュール王決定戦に挑み、王を決めている不思議な王国だ。
王は長年、変わることなく続いていた。今の王はラダ族族長のルクヴァ・ラダである。そして、その息子であるレオポルトは族長の長子であった。
レオポルトの親友、アルブレヒトはセシュール国に留学していた経験もあるほど、セシュールが好きであった。そんなセシュール国には、霊峰ケーニヒスベルクが聳え立っている。
そんなセシュール国に入ってきた二つの異常事態の知らせは、アルブレヒト達を異常事態へと堕としていった。ティトーが襲撃に遭い行方不明だという知らせと、ルゼリアの王都ノーブル・ルミヴェイルが陥落寸前だという知らせだ。
居合わせたセシュール部族の一つ、タウ族族長セシリアが慌てて窓を開け、吠え上げた。その遠吠えは、折り重なって返ってくる。
「間違いないようだ。国境沿いのタウ族の連中も厳戒態勢だと……」
「何だと……。陥落寸前って、王都ノーブル・ルミヴェイルだけだろう。城は⁉」
「城では籠城、時間の問題だそうだ。ともかく、今はクーデターを起こした奴を」
遠吠えが三度返ってくる。その声を聴いたセシリアの顔がみるみる青ざめていく。
「セシリア、どうしたんだ。何の報告だ。報告を上げろ!」
珍しく血相を変えているルクヴァに対し、セシリアはルクヴァを見つめたまま止まってしまった。
「おい、ルクヴァ……」
セシリアがルクヴァに声を掛ける中、遠吠えが何度も返ってくる。
「それからレオポルト。よく聞け」
セシリアは窓に耳を傾けながら、視線を二人へ向けた。いい知らせではないことはわかっていた。顔が強張り、まじめな顔などセシリアには似合わない。
「クーデターを起こしたのは、ミリティア・フォン・ルージリアだそうだ……」
「……な、ミリティアが⁉」
ミリティアはレオポルトにとって妹である。ミリティアは双子であり、トゥルクという病弱な弟がいるのだ。二人とも、ルクヴァの子である。
「ああ、ミリティア王女だ。代王は王にあらず、我こそが王であると、発起したという」
「ミリティアはまだ12歳だ。クーデターを起こすなどという力はないだろう。誰かに乗せられたか……」
ルクヴァの言葉に、狼狽えるレオポルトだったが、すぐにセシリアへ尋ねた。ティトーの行方がわからないのだ。
「セシリア殿、ティトーは⁉ ティトーが、襲撃されて行方不明だって……」
「それについての情報はない。敬愛するケーニヒスベルクの情報を、タウ族の連中が渋っているとは思えん」
アルブレヒトの顔が真っ青になり、口を半開きにしたまま硬直している。
「ティトーの情報はないのか!」
アルブレヒトは慌ててセシリアに食い下がった。セシリアは歯を食いしばると、アルブレヒトの手を払いのけた。
「何の情報も無いんだ! ルゼリア国に向かってたんだろう、だったら王族だとわかったティトー嬢も襲撃に遭った可能性がある」
「セシリア、それでもアンチ・ニミアゼルの可能性があるんだろう! ティトーが、そんな……」
ルクヴァの表情も徐々に青ざめていく。ティトーはまだ7歳になったばかりで幼いというのに、大巫女になってすぐに拉致されるなど、教会は何をやっていたのか。教会がルゼリア側に情報を漏らした可能性は高いが、アンチ・ニミアゼルの仕業も考えられる。
「しっかりしろ、アル!」
「アルブレヒト、しっかりするんだ!」
レオポルトとルクヴァの呼びかけに、半分返事が返ってくる。
「ティトーが、ティトー……」
「グリフォンはまだ屋上だな⁉ 雄たけびを聞いて情報は持っている、すぐに再会の町に二人は発ちなさい! ただし、ルゼリア領内への侵入は禁止だ。ほら、……アルブレヒト、剣だ」
「あ、ああ……。ティトー……」
「アルブレヒト!」
レオポルトがアルブレヒトの胸倉を掴んだ。震える手にさらに手が重なり、アルブレヒトはレオポルトを見つめ返した。
「しっかりしてくれ、アル!」
「……悪い。行こう、レオ!」
意気込んだ二人に、ルクヴァの声が重なる。
「情報を集めろ、セシリア!」
「わかっている!」
「セシリア殿! ティトーには、聖女であるサーシャ嬢と、神官見習いとしてマリアという女性が付き添っている。二人の情報も探ってくれ!」
レオポルトの声が冴えわたり、セシリアは強く頷いた。
「わかりました、レオポルト様! ……どうか気をつけて。おい、ルクヴァ!」
「……気を付けて行くんだ、レオポルト。本当に、気を付けるんだぞ。俺も、情報を持って部族会議を行う」
「行こう、レオ!」
「わかった、アルブレヒト。父上、またお会いしましょう」
「ああ、必ずだ……!」
アルブレヒトとレオポルトは、城の屋上を目指して駆け出していった。心配でたまらないルクヴァの背をセシリアが叩き、同族の呼びかけに対応していった。
「レオポルト……。危険な事はしないでくれ……。よし。今は、俺に出来る事をやるんだ。俺は、この国の王なんだぞ……。おい、全部族族長を、会議室に集めろ!」
「集まっています! 皆、グリフォン等を見てただ事ではないと、準備していたとのことです」
「そうか、流石セシュールの民だ。行くぞ、セシリア」
「おう、任せろ。ルクヴァ」
◇◇◇
――屋上にて。
一体のグリフォンが尻尾を振っている。その尻尾はライオンの尾にそっくりだ。
「ぐるるる……」
「悪い、セシュールとルゼリア国境の再会の町まで飛んでくれ!」
「ぐるるる!」
「ありがとう。レオ、乗れ!」
グリフォンは待ってましたと言わんばかりに背中を差し出した。
「一体に二人で乗れるのか?」
「乗れって言ってるから、乗れるはずだ!」
「そうか、すまない。頼んだ」
「ぐるるるるー!」
グリフォンは咆哮すると、空へ飛び立っていった。大きな月の幻影が、睨みつけているかのように空に聳えている。
「……ッ…………」
「アルブレヒト、落ち着け。気持ちはわかる。俺だって、ティトーやマリアのことが心配なんだ」
「……ああ、そうだな」
二人は背には霊峰ケーニヒスベルクを、目の前には月の幻影が広がるセシュールの地を、グリフォンの背に乗って滑空していった。