⑩-7 セシュール王国というものは③
黒龍とアンチ・ニミアゼル=反ニミアゼル教に動揺したのか、レオポルトはルクヴァを睨みつけるように見つめた。
「父上、先の戦争では黒龍と思しき存在を信仰する、反ニミアゼル教の存在がありました。その報告になります」
「待て。お前、やっぱりルゼリアを探っていたのか?」
「ええ、そうですよ。そうでなくては、あんな戦争は……! 父上、何か知っているのですか?」
ルクヴァは視線をレオポルトから外さず、見つめていた。ただ見つめていたのだ。
「どうして何も仰らないのですか! アルブレヒトの故郷は……」
「辛かっただろう、レオ」
「…………」
ルクヴァは尚も視線を外さない。しっかりと息子を見据え、心配していたと言わんばかりの表情を浮かべたのだ。
その時に外から大きな声が上がり、タウ族族長セシリアが到着したのだと誰もが思った。
「セシリアだ。その話には、あいつも交えなくてはならない。元はと言えば、あいつのもたらした情報だからな」
「で、ですが……」
「まずは食事にしよう。腹減っただろ」
「父上……!」
「いいか、レオ」
ルクヴァは身長が高い。それは背の高いアルブレヒトよりも、ルクヴァの方が頭一つ高い。高身長のルクヴァはレオポルトを見下ろすと、頭を強引に撫でまわした。
「腹が減っているときは、イライラして物事の根本が見えなくなる。ちゃんと食事をして、その後で話そう」
「わかりました……」
「うむ、ちゃんと話すからな」
ルクヴァの言葉に、レオポルトは多少安心したように頷いたのだった。
◇◇◇
――セシュール城、食堂にて。
「レオポルト!」
「セシリア殿……」
レオポルトにとって、セシリアは恩人だ。愛刀の麒麟刀と出会ったのも、セシリアのおかげであった。セシリアは屈強な肉体美を誇っており、タンクトップに短パンというスタイルだ。
「アルブレヒトも、よく無事だった!」
「……セシリア様、俺とはほとんど初対面ですよね」
「ガッハッハ! そんな事気にする事ではない! アンザインの王子よ」
「セシリア殿、そんな軽はずみな言動は……」
宥めようとしたレオポルトに対し、セシリアは更に大きな声で宣った。腰に手を当て、豪快叫んだのだ。
「お前ら、ここがセシュール国なのを忘れたか⁉」
「それは、そうですが……」
「スパイなんざ入り込めないこの王城で? そんな警戒する事はないだろう! アンザインの王子なのは間違いないのだからな」
「アンセムでいいですよ」
「何を言う! 正式名で誇るところだろう!」
アルブレヒトはセシリアの勢いに押されつつ、その言葉を返した。
「セシリアさん、声が大きい……」
「ガッハッハ! ありがとうよ! 最高の誉め言葉だ!」
セシリアはそこまで言うと、真っ先に食堂の席に座った。セシュール国で上座と呼ばれる席に座らないところが、セシリアらしくもある。規格外なところはあるものの、ちゃんとした教養も持ち合わせているから面白い。
「そうだ、レオポルト。これ、息子のアンナからだ」
「え? ああ、ありがとうござい……。また、果たし状ですか」
「レオポルト。たまには相手してやってくれよ。その麒麟丸でな! ガッハッハ!」
「麒麟刀です。五月蠅い……」
セシリアが場を和ませたところで、食事会が始まった。鳥と魚がメインの食卓で、レオポルトはかつてのタウ族での村の食事を思い出していた。レオポルトは何度も、タウ族の村で食事をしているのだ。
ほかにもレオポルトが好む果物が用意されており、アルブレヒトは父の愛を感じ取っていた。それは自分にはもう叶わない愛情だ。
◇◇◇
「で、だ……」
食事が終ろうという時、ルクヴァが使用人を下がらせた。何人か待機していた使用人たちが、続々と下がっていく。数名配置されていた兵士も、セシリアの申し出により下がっていった。
「お前、ちょっと声のボリュームを下げろよ」
「おう。任せろ」
「どうだかなあ。……ケーニヒスベルクの話だ」
ルクヴァの言葉に、セシリアは眉を細めた。しかし、口元には笑みが浮かんでいる。
「まさか。生まれ変わったと?」
「お前、知っていて黙っていただろう」
「一応、部族間でもトップシークレットにしているぞ」
「お前らの声がでかいんだよ。まあ確かに、俺の耳には入って来なかったが。で、そのケーニヒスベルクなんだが。俺の娘かもしれないんだ」
セシリアはひとしきり大笑いした後、酒を豪快に飲み干した。ルクヴァは酒が飲めない為、ぶどうジュースを手に持った。その話でさえ、レオポルトには理解できない。ティトーが、ケーニヒスベルクだとでもいうのだろうか。
「やっぱり知ってたんだな。人が悪いぜ、セシリアよ」
「なーに。それで? アルブレヒト、お前はどうしたいんだ」
「セシリア殿、ちょっと待ってください。セシリア殿は、ケーニヒスベルクのことも、アルブレヒトの正体も知っていたのですか?」
レオポルトの言葉に、セシリアは眼をわかりやすい程真ん丸にして見せた。
「そうか。お前さん、知らなかったのか」
「……はい」
何故かしょんぼりとしたセシリアは、アルブレヒトに姿勢を向きなおした。
「アルブレヒト。親友なんだろ? 何故話してやらない。巻き込みたくないなど、こいつには通用しないだろ。ルクヴァも何で黙っていた」
「セシリアが色々知りすぎてるだけだろう」
「そうかもしれんなあ~」
一通りのルクヴァとセシリアのやり取りから、レオポルトは自身が知らないことは珍しくないことを知った。知らないものの方が多いのは当然だろう。それでも、友人であるからこそ知っておきたかったという反面もある。その気持ちの方が大きいのだ。
「話しにくいのはわかるだろ」
「俺たちは知ってるんだ。だったら二人だけにしてやれよ」
「そうだな……」
「で、あれば……」
アルブレヒトは席を立つと、レオポルトの前で跪いた。レオポルトがかつて見た、立派な姿勢のアルブレヒトだ。いつものやる気のない姿勢からは別人であるかのように。
「レオポルト殿下、二人でお話しても宜しいでしょうか」
本日より18時更新にて物語を上げていく予定です。宜しくお願いします!感想などお聞かせください♪