⑩-6 セシュール王国というものは②
「ティニア……。銀時計の女か。前世の話だったとはな」
「ああ」
「なんだ、話していたのか?」
「当たり障りのない部分だけですよ」
レオポルトは、父親であるルクヴァとアルブレヒトの距離感について、近すぎると感じたがそれは嫉妬からではない。二人とも、昔から知っていたかのような素振りなのだ。それは前世が絡んでいるのだろうか。
「そこで出会ったティニアは、既に壊れていた。機械人形の身体に、魂を埋め込まれていたんだ」
「機械人形。古の時代の産物か……」
「ルゼリア国が頑なに認めない、過去の産物だ。その為に、各地の遺跡を破壊して回っていた過去を持つ。俺たちセシュールと、ルゼリア側の学者たちが保護しなければ、今頃すべての遺跡が破壊されていただろう」
「それでその星で出会った、機械人形のティニアがどうしたんだ」
アルブレヒトはレオポルトを見つめた。青く深淵のブルーサファイアは、ティトーと同じ目をしている。
「ティニアは、元々は別の魂の持ち主だった。それが、様々な策略によって、別の躯体に魂を入れられたんだ」
「どういうことだ。惨い事をするな……」
「元の名をレン。レン・ケーニヒスベルクといえば、わかるか」
「ケーニヒスベルクだと……⁉ まさか、そんな」
ケーニヒスベルク。それはセシュール国にとって愛すべき母なる山脈である。レオポルトはアルブレヒトを、そして父親を見つめたが、ルクヴァは大きく頷くと口を開いた。
「そうだ。レン・ケーニヒスベルクは実在していたヒトだ。レンは過去に地球へ渡り、とある人物を探していた。その人物というのが、アルブレヒトの前世なんだ」
「……アルブレヒトを? 君は一体……」
「俺は、竜の化身。緋色の竜、アルブレヒトだ」
時が止まるように、その場を凍り付かせた。レオポルトは親友を真っ直ぐ見据えると、彼のように大きく深呼吸した。
「お前は強かったが、そうか。竜だったのか……」
「信じられるか? 黙っていて悪かった」
「お前の強さを知っているからな。守護竜の名前が伝わっていないが、そうかお前が守護竜なのか」
「そうだ。レスティン・フェレスの守護竜、アルブレヒトだ」
レオポルトは納得いった様子で何度も頷いた。戦時中、何度も思った事だった。それは自然が彼の味方をしていたからである。幾ら風詠みをしたところで、天気は変わり、アルブレヒトに有利な天候に変化していったのだ。神がかり的な力を、彼は使っていたのだ。
「お前竜だったことは、いつから思い出していたんだ」
「戦後だ。捕虜になって、セシュール城へ来た時、ルクヴァさんからこの銀時計を受け取ったときだ」
アルブレヒトが胸ポケットから大切そうに銀の懐中時計を取り出した。
「そうか。戦時中は、無意識に力を使っていたのか?」
「そうかもしれないが、使った記憶はないな」
「お前は強かったが、自然をも味方にした竜だったのか。なるほどな」
「レオ……」
「いや、いい。ただの嫌味を言っただけだ。悪かった。それで、レン・ケーニヒスベルクはどうしたんだ」
俯いたアルブレヒトは中々言葉に出来ず、視線を逸らすことしか出来なかった。それをルクヴァは見守っていたが、アルブレヒトが額に汗をかくとレオポルトを見つめた。
「……色々あってな。アルブレヒトの口から話すのが一番だから、もう少し。話せるまで待ってやって欲しい」
「父さん……。父さんの口ぶりだと、父さんもそのことを知っていたみたいだ。地球という星に、前世でもいたのですか」
「ああ。居たよ。レン・ケーニヒスベルクによって育てられていた、孤児だった」
「……なッ!」
孤児という言葉に、レオポルトは動揺を見せた。例え前世とはいえ、孤児とは望んでなるものではない。悲しみの連鎖が孤児を生むことを、レオポルトは知っている。だが本当に動揺したのは、二人が前世で関係があったということだ。自分にはない関係を、二人は構築していたという事実である。
「俺も、コルネリアもそうだ。二人でのたれ死ぬ寸前で、レンが現れた。その時はもうティニアという躯体に入っていたが、レンは俺たちの世話から食事から、全てを賄ってくれていたんだ」
「では、ティニアというのはレン・ケーニヒスベルクのことですか」
「そうだ」
「それなら、君の想い人というのは……」
「ああ。レンだ。レン・ケーニヒスベルクであり、ティニアだ」
その名を口にするだけで、涙が零れそうになる。その、愛しき名を口にするだけで。
ルクヴァはアルブレヒトの様子に躊躇したが、レオポルトだけは言葉を濁すことはなかった。
「ひどい仕打ちをしてしまったと言っていたが、それがケーニヒスベルクなのだとしたら、父上はそれを黙ってみていたのですか」
「……そうだな。黙ってみていた」
「……ケーニヒスベルクですよ⁉ 我等セシュールの守護獣だけでなく、ラダ族の狐は……」
「そうだ。俺は黙ってみていることしか出来なかった。暴走するレンを止められるのも、アルブレヒトの前世だけだった」
「暴走……? 止める……? 一体何があったのですか」
アルブレヒトは酷い汗をかき、言葉を言い淀んでいた。
「お前ら、黒龍とアンチ・ニミアゼルについて調べていたのだろう」
ルクヴァは言い放った。話を逸らすかのように。